「
……敵襲のあと、ザキナは、そう話しながら空に銀筆を掲げてみせた。フナーラの宿屋のなかにて、いや、正確には宿屋の跡にて、というべきか。比較的高台にあったフナーラの宿も、最初の濁流の一撃に巻き込まれ、積まれた瓦礫の山から、かろうじてそこに宿屋があったと分かる程度の痕跡しかない。
女将であるフナーラも、その子どもたちも、水に流されてしまったらしい。人の声が絶えた不自然な静寂のなか、昼の日の光だけが、何事もなかったかのように瓦礫の間に座り込んだザキナとドーズを包んでいる。
だが、ザキナは大した動揺も疲れもその顔に浮かべておらず、自らの異能について、訥々と説明を続けていた。
「画力で描けるのは、基本的に自然界のもの。水、光、闇、炎、緑、風……の6つの要素が基盤なの。それにまつわるものなら、空にそれらの文様を描くことで私は大抵のものを具体化できるわ」
ザキナはそう話した後、こう軽く呟きながら、空に銀筆を走らせた。
「星」
すると、手のひらほどの無数の星屑が銀筆の先に出現した。それらはきらきらと輝きながら、ドーズの頬を掠めつつ地面に向かって降り注ぐ。
「蔦」
次にザキナはそう呟いて、また銀筆を振るった。先ほどとは違う文様を描いたようだが、ドーズにはなんとなくしかその区別はつかない。だが、現れたものは確かに青々とした蔦の枝だった。それらは勢いよく今度は地面から天に向かって伸びたかと思うと、現れた時と同じく、唐突に消え失せた。
「……次は何を見たい?」
「いや、もう充分だ」
ドーズは疲れ切った口調で言った。夜半の伝令の到着から、水の画力を使った敵襲、それによって木っ端微塵に村が押し流される様子、そしてザキナの風の画力を使った圧倒的な反撃。
……思い返せば思い返す程に、全てがここ半日のうちに、目前で起こり得たこととは、とても今となっては思えない。だが、こうしてザキナの説明を聞きながら、その画力の発動の様子をこれでもかと見せつけられると、もう勘弁してくれ、と言いたくなるくらい、それらが現実の出来事なのだと身に染みる。
だが、生き残った者として、聞くべきことは聞いておかねば。ドーズの律儀な軍人としての一面が、彼の口を開かせる。
「お前の一族は、皆その力を使えるのか?」
「皆が皆ではないわ。遠い遠い過去に祖先が得た力だから、遺伝しない者も多いのよ」
「そうか……しかし、そうなると、水の画力で国境警備隊を襲った奴も、この村を襲撃した奴も、お前の一族のひとりということになるな」
「そうね」
「それが誰かは、お前にはわかっているのか? お前らは、仲違いでもしたのか?」
「……それは、そのうち分かるわ」
そのザキナのはぐらかすような返答に、ドーズは思わず眉を顰める。ドーズは瓦礫の山から重々しく立ち上がり、地面に座り込んでいるザキナを見下ろして睨んだ。
「俺は、お前の一族の誰かによって、同僚を皆殺しにされてんだ。その正体を知っているなら教えろ。敵討ちくらいしなきゃ気が済まないんだよ」
すると、ザキナは栗色の髪を揺らしつつ、ドーズを見上げ、すまなそうに言った。
「ごめんなさい、今は私、あてはあっても、それが誰だか、言いたくないの。ただ確かなのは……」
「なのは?」
「その誰かの狙いは、あなたの同僚たちじゃないわ。彼、もしくは彼女の狙いは、別の人物」
「……つまり、俺の戦友たちは巻き添えを食ったのか……」
ドーズはやりきれない気持ちで呟いた。虚しさが喉奥を締め付ける。女と見れば分別がつかなくなるような、しょうもない同僚たちではあったが、こんな形で亡くすとは夢にも思わないというものだ。そう思えば思うほど、ドーズの胸中は虚しかった。
その気持ちを振り切るように、ドーズはひとり、フナーラの宿屋の跡地に背を向け、静かに歩き始めた。……数日もすれば、王都から救援が来るであろうが、それまでにすることは沢山ある。生き残った村人たちをまとめ、生活の再建に向けての手筈を整えてやらねば。または。行方不明者の捜索なども。ザキナの更なる素性と、自分の怨恨だけに頭を埋めるわけにはいかない。
ドーズはそんなことを考えながら、荒れ果てた大地を、かつての村の中心部に向かって歩いていく。
ザキナはそのドーズの後ろ姿を、緑色の瞳を見開いて、ただ、黙って見送るのみであった。