「さすがに、逮捕しますよね? 半田さん?」
彼はぶるぶると体を震わせながら、首を縦に振る。これで弘道は裁かれる。
重々しい空気の中、誰かが椅子を蹴り飛ばす。それは、重道だった。
「うまくいったと思ったんだがな」
「何がおかしい」
「お前は不思議なんだろう? 弘道の行動が」
確かに、犯人は分かったものの、弘道がなぜ儀式に執着していたか、なぜ殺人するまでにのめり込んだかは謎のままだ。もしや、重道は知っているのか?
「では、教えてやろう。三十年前の真実を」
~~
「おじいちゃん、ここはどこ?」
「今に分かる」
わしは、薄暗く延々と続くレンガ造りのトンネルを進むと、目的地にたどり着いた。ここは、生体実験が行われていた海軍の施設だ。軍は引き上げる際に薬品を残していった。月日が経ち本来の効果はない。だが、人を死に至らしめるには十分だ。
「弘道、お前はわしの跡を継がなくてはならん」
弘道を見ると首をかしげていて、意味が分かっていなそうだ。無理もないか。まだ十代半ばなのだから。
「いいか、『火送り』は、イザナミ様のために行われてきた。それは、知ってるな?」
こくんと頷く。よし、それならば話が早い。
「さて、儀式だが世論によって
「たぶん、そうだと思う」
弘道の声は自信なさげだ。大丈夫だ、これから教育すればいい。時間はたっぷりある。
「だから、これからは生贄を捧げるように戻さなくてはならない。弘道、お前には生贄を儀式当日に殺してもらいたい」
信じられないとでも言いたげに、弘道は目をカッと開いた。
「おじいちゃん、人殺しはいけないことだよ? 僕は、そんなこと、したくない!」
つないでいた手を振りほどき、睨みつけてくる。
大丈夫、儀式はまだ先だ。それまでに、信仰心を育てればいい。
和彦は依代が当たり前だと考えている。だから、弘道に託すしかないのだ。そのために、自分の名前の一部である「道」を入れて名付けたのだから。殺人鬼になったら渡そう。海軍から奪ったここのカギを。
~~
弘道が殺人鬼になったのは、重道のせいだったのか。自分が手を汚すことがないように、幼い弘道を洗脳して狂信的に育て上げた。真の悪魔は重道なのだ。こいつを何とかしなくては、島から因習はなくならない。
「重道、あんたも間抜けだな! 自白するなんて」
宗一郎は勝ち誇ったように、顔を輝かせる。彼の気持ちは分かる。手を下した弘道だけでなく、黒幕である重道も捕まるのだから。しかし、問題がある。
半田が恐る恐る手を挙げる。
「あの、言いにくいんですが……殺人教唆の時効ですが、今はありません。しかし、今回の一件は時効改正前の出来事です。まだ、二十五年だったころの。重道さんが、弘道さんを唆したのは三十年前。その後は、弘道さんが自身の判断で殺人を犯しています。つまり……」
「まさか!」
「ええ、法律で裁くことはできません……」
「お前たちもバカだな。わしが、そんな間抜けだとでも思っていたのか? 儀式は続くんだ、これからも。残念ながら、依代になってしまうがな」
狂ってる。こいつは狂人だ。何としてでも罰を受けなければならない。そうでなければ、この島の因習はなくならない。そして、愛と三枝の死が無駄になる。
「お前たちにチャンスをやろう」
それは、重道のものだった。
~~
穏やかな波。そして、心地よい潮風。
「しかし、いいんですか? これで」
「半田、これは最終決定だ」
宗一郎は、小舟を海へと押しながら、力強く言う。小舟には――重道が乗っている。少量の食料と共に。
彼はこう言った。「わしを『舟流し』しろ。そうすれば、誰が正しいか分かる」と。彼は信じてやまないのだ。神が――いや、自分が正しいと。
重道は両手を掲げ、恍惚としている。
小舟は海に浮かぶと、ゆっくりとゆっくりと沖合に向かって進んでいく。
「和彦、お前には失望したよ。お前には、弘道の代わりは務まらない。わしは、再びこの島に戻ってくる。そして、『火送り』を復活させてみせる」
舟はさらに沖に進む。どこまでも、どこまでも。そして、ついに重道は豆粒ほどの大きさになった。その時だった。重道が舟から落ちたのは。
「あっ」
重道はゆっくりとゆっくりと沈んでいく。彼がどうなるかは、神にしか分からない。
俺は自らのトラウマと向き合うしかない。因習を断つべく、動いた島民たちのように。