佐倉家の一室。そこには、俺が呼び集めた面々が揃っていた。蓮に瑞樹。宗一郎、瑠璃、そして、小鳥遊一族に半田。
誰も集められた理由は知らない。そうでなくては、真犯人に逃げ出されてしまう。
さあ、始めようか。犯人を法廷に引き摺り出す推理を。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。集まっていただいたのは、愛を殺した犯人を捕らえるためです」
あたりがざわつく。
「静粛に。今から言う内容に異議がある方は、都度発言をお願いします」
「探偵ごっこをするつもりか? まさか、弘道を犯人だとでも言うのか?」
「和彦さん、落ち着いてください。まずは、三枝さんの死については、自殺ということで異論ないかと思います」
瑞樹は肩を振るわせるが、何も言わない。おそらく、衝撃的な事実によって頭が回っていないのだろう。
「いや、待ってください。確かに加賀さんの推理は素晴らしかった。ダイイングメッセージで弘道に罪をなすりつけようとしたことも。ただ、重道や半田による殺人の線も残っているはずだ。彼らは『舟流し』しようと躍起になっていた。違いますか?」
宗一郎は瑞樹の代弁をし、疑いの視線で二人を見る。その鋭さは人をも殺しかねないものだった。
「確かに、あなたの言う通りです。しかし、それではおかしいんですよ。まず、重道ですが、本当に犯人なら自分に不都合なことが書いてある日誌を持ち去るはずです」
風化し、シミだらけになった日誌を掲げる。これには、小鳥遊一族が海軍と結託していたという悪事が記されている。これを残したまま立ち去るのは不可解だ。
「次に半田です。もし三枝を殺したのなら、警察官としてすぐに俺を逮捕すればよかった。自らの罪をなすりつけて、その後にゆっくり『舟流し』すれば怪しまれません」
一呼吸おく。ここからが勝負どころだ。失敗すれば、取り返しがつかないことになる。自然と手汗が出てくる。
「本題の愛を殺した犯人です。まず、彼女はカッターナイフで頸動脈を切られていました。しかし、返り血は誰にも付着していなかった。それは、背後から切ることで避けることが可能です」
「おい、それはお前が殺したからじゃないか? 最初に駆けつけたならば、死なせまいと死体に近寄ってもおかしくない。返り血を誤魔化すために」
「それは、ありえませんよ。彼はずっと私といましたから」
宗一郎は静かに、しかし、力強く援護する。
「お前らが組んでたならどうだ?」
弘道は食い下がる。
「なるほど、一理あります」
「加賀さん、反論してくださいよ!」
蓮の悲痛な叫びが響き渡る。
「蓮、落ち着け。確かに弘道の言う通りかもしれない。しかし、それでは辻褄が合わないんですよ。愛があなたを見張っていたのに、いつ、どうやって彼女を殺したのか。あなたは私たちを見ていないでしょう?」
「……」
どうやら、これ以上の追及は不可能だと悟ったようだった。よし、これでいい。真犯人を指摘するには、論理的でなくてはならない。焦るな。大丈夫、俺ならできる。
「では、誰が瑞樹を殺したのか。それは――弘道、あんただ」
空気が凍りつき、一拍おいて砕け散る。
「はあ? 俺が瑞樹を殺した? 俺が殺したのは愛だ!」
「――今、あなたは言いましたね。『愛を殺した』と」
「違う、そんなつもりじゃ……。つまり、その……」
弘道は口を開いたが、すぐに閉じる。額には滲んだ汗が光り、唇を舐める。
「殺されたのは瑞樹じゃなく、愛だと訂正しようとした、それだけだ」
弘道から普段の冷徹さや冷静さはなくなって、唾を飛ばしながらわめいている。
「そうでしょうか? あなたは、愛が見つかった時、こう言いましたよね。『それは、愛だ』と。それも、ピアスが見える前に。つまり、あの状況下では誰もが瑞樹だと勘違いして当たり前なんです。殺人予告をされたのは、瑞樹ですから」
「そう……だったか?」
弘道はとぼけようとしているが、しどろもどろだ。
「加賀さんの言う通りよ。母親の私ですら勘違いしたのに、あなたはピアスを見る前に断言したわ!」
「瑠璃さんの言う通りです。それ以外の証拠も、あんたが犯人だと示している。まず、見張りについたのは愛だった。つまり、殺害するチャンスはあなたにしかなかったはずだ」
「ほう、面白い。では、愛が瑞樹の服を着ていたのは、どう説明する?」
自信ありげに見えるが、目線は泳ぎ、呼吸が荒くなっている。
「愛が着ていた服は、事件前日に行方が分からなくなったものだ。そして、小鳥遊一族を家に呼び出すことを提案したのも愛だ。つまり、愛は姉の服を着ることで、あんたが自身を殺す環境を作り出したんだ。ピアスさえ見えなければ、瓜二つだから見間違えても不思議じゃない。それに、前日にメガネが壊れたあんたの視力は落ちていた。つまり、あんたが誤って愛を殺してもおかしくない。殺した後にピアスを見て、勘違いにきづいた。違いますか?」
「……。仮にそうだとしよう。では、自ら殺される理由は何だ? まさか、気まぐれだとは言わないよな?」
これならば大丈夫だと思ったのか、言動には普段の冷静さが戻りつつある。だが、そうはさせない。
「桟橋があんたによって燃やされた後、彼女はこう言ったんです。『私は何としてでも守りたいです。この想いだけは譲れません』と。つまり、愛は姉を守るために自ら犠牲になることを選んだんです。あなたは、神託に執着して、瑞樹を殺すことばかり考えていた。だから、誤って愛を殺した」
桟橋が燃やされた後の出来事が俺の脳裏をよぎる。
「結局、島を出ることは出来なくなったわね……」
瑞樹の顔は絶望に染まっている。さすがに、儀式反対派のリーダーとはいえ、殺人予告をされては、動揺しないほうがおかしいか。
「桟橋を燃やしたのは弘道だろ? なら、今までの儀式の犠牲者も、弘道が当日に殺していたはずだ!」
蓮の顔は怒りに燃えていた。きっと、俺の顔もそうに違いない。
「どうしましょうか。このままでは、お姉ちゃんが殺されてしまいます……。私は何としてでも守りたいです。この想いだけは譲れません」
愛の声は震えていて、まるで自分が殺されかねないような口調だ。だが、強い想いは十分に伝わってきた。
そう、愛の想いに応えなくてはならない。一呼吸おいて続ける。
「でも、誤殺も彼女の計算通りだった。自らが死ねば神託が外れたことになり、『火送り』の信頼性も揺らぐことも考えていたんだ!」
弘道の顔が歪む。
「ここまで来れば、三枝さんの自殺にも納得がいきます。彼は癌の治療で時々島の外に出かけていた。そして、密かに調べを進めて、あんたが犯人だと思った。しかし、決定的な証拠がない。彼は昔、『火送り』をなくそうと奔走したが、失敗した。だから、誰も自分の話を信じないと考えたのでしょう。そんな状況で愛が殺された。彼は自分が長くないと分かっていた。だから、愛弟子を殺した罪を着せようとして自殺したんだ。最終手段として」
俺が家を去る時に、三枝はこう言っていた。「これなら、あるいは……」と。それも深刻な表情をして。
「俺は……違う、違うんだ!」
弘道は後ずさるが、壁にぶつかり力なく崩れ落ちる。
「いや、これは悪夢だ……。そうだ、そうに違いない……」
弘道はぶつぶつ呟いているが、それを聞く者は誰もいなかった。