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第20話 星霜紫の魔力

 --しばしの沈黙


 私と少女が静かに互いを見合う中、ワトソンの唾を飲み込む音が響く。


 そして、そんな沈黙を破ったのは……


「ワトソン!!」


「はい!」


 他でもない、目の前にいるボスの少女だった。


「お前ら、なんで襲撃者の後ろにいる!納得のいく説明をしてみろ!!!」


「はい!俺たちが負けたからです!!」


「負けただと?つまり、お前らはそいつと戦ったんだな?そして、その女の方がお前らより強かったってことだな?」


「そうです!俺が全力を出しても勝てませんでした!!」


「全力…なるほどなぁ」


 少女の眉が、ピクリとわずかに動く。


 そして、ワトソンの「全力」という言葉に反応した彼女は、ワトソンに向けていた目をスッと細め、今度は私のことを見る。


「お前、結構やるみたいだな。それで?何が目的でオレのアジトまで攻めて来たんだ」


「返して欲しいものがあるからよ」


「返して欲しいものだと?」


「そう。一年ほど前に彼らが連れて来た女の子を返して欲しいの。兄の名前はリディアム。その妹の名前はメリルよ」


「メリル…か……」


「どうやら、心当たりがあるようね」


「まぁな」


 メリルの名前を出した瞬間、少女は少し驚いた顔を見せると、何とも言えない表情で視線を下げた。


「聞いた話によると、リディアムがお金を借りた際、担保としてメリルがここに来たそうね。そして、そのお金が現在、利子がついて金貨12枚になっていると聞いたわ」


「利子に金貨12枚?」


「そうよ。私、リディアムとは知り合いなの。だから、その金貨を私が払おうと思うのだけれど、代わりにメリルのことを返してくれないかしら」


「それは…できない」


「どうして?お金は返すと言ってるのよ?」


「……無理なものは無理だ。そういう話じゃないんだよ」


「それなら、どういう話なのかしら?」


「あいつは……」


 少女は、何かを隠すようにそこで言葉を切る。


 どうやら…彼女の反応を見るに、お金以外にも返さない理由があるようだ。


 その理由が何なのか気になるところではあるけれど、雰囲気からして、残念ながら答えてくれることはないだろう。


『なら、どうするのぉ?』


『もちろん』


 これ以上話しても無駄なら……


「奪い返すまでよ」


 お金を払っても返してくれないのなら、いくら言葉を並べても意味がない。


 それならもう--力ずくで奪うしかないでしょう。


「ふん。オレと戦おうってのか?」


「返してくれないのなら、それしか方法がないもの」


「そうかよ。なら、オレも全力で阻止させてもらう。おい!オレの武器を持って来い!!」


「は、はい!」


 少女は近くに倒れていた男を蹴り起こしてそう指示を出すと、男は慌てた様子で建物の奥へと向かい、一つの巨大な武器を引き摺りながら戻ってくる。


『何あれぇ。すっごく重そぉ』


 その武器はリアの言う通り、成人男性ですら引き摺りながら持ってくるほどに巨大で、重そうだった。


「も、持ってきました!」


「よし。よこせ」


 しかし、そんな重そうな武器を少女は軽々と片手で持ち上げると、豪快に肩に担ぐ。


「斧。それも、普通のよりかなり大きいわね」


 大斧と言っても差し支えないほど巨大なその斧は、150cm程度に見える彼女よりも大きく、異質感が凄まじい。


 それなのに、表情一つ変えず大斧を扱う彼女の姿を見ていると、その斧の方が彼女に従っているかのようで、何故かよく似合う。


「そういやぁ、まだ名乗ってなかった。オレは『黒斧のバロクス』でボスをやってる、ルクリアだ。お前の名前は?」


「私はヨルカよ」


「ヨルカ…珍しい名前だな。もしかして、偽名か?」


「さぁ?どうかしらね」


「ふん。まぁいい。それより、さっさとやろうぜ」


「そうね」


 ルクリアがそう言った瞬間、身に纏う雰囲気が一瞬で変わる。


 彼女の放つ威圧が、私の肌を焼くように刺さり、肉食獣のように獰猛な視線が射殺すように鋭く見つめる。


 周りにいた彼女の仲間たちは、その威圧感に耐えかねて建物の隅へと逃げていく中、私はゆっくりとアポクリスとアルティミアを鞘から抜いた。


 --まったく隙がないわね。


 それから数十秒。


 剣を両手に構えた私は、しかし…その場から一歩も動くことができないでいた。


 その間、私は同じように動かないルクリアを前に、頭の中で何度も攻撃を仕掛けた。


 右からの斬り下ろし、左からの横払い、フェイントを入れてからの突き--。


 しかし、そのすべてが悉く防がれ、いなされ、受け止められる未来しか見えなかった。


 自然と、剣を握る手には力が入る。


 だが、踏み出そうとする足にはどうしても躊躇いが混じり、剣をわずかに動かしては止めるを繰り返すばかりだった。


「こないのか?」


「正直、驚いているわ」


 大きな武器を扱う人は大抵、重心のズレや武器の可動域によってどこかに隙が生まれやすい。


 しかし、大斧を構えるルクリアにはそんな隙は一切ない。


 まるで、どんな攻撃でも大したことはない--そう言われているかのようだった。


「はっ。何に驚いているのかは知らないが、来ないならこっちから行くぜ!」


 そんな私をよそに、ルクリアは大斧を持っているとは思えない速さで距離を詰める。


 そして、楽しそうに笑う彼女は、振り上げた大斧を容赦なく振り下ろした。


 凄まじい風切り音と共に、大斧の刃が私へと迫る。


「せいや!!」


「っ!?」


 そんなルクリアの一撃を、何とかギリギリのところで視認した私は、足を引いて体をずらすことで躱す。


「これなら……」


 そして、私が避けたことでルクリアの重心が前へと移動し、斧の重さと合わさってできた隙を突くため剣を振ろうとした瞬間--私の全身に寒気が走った。


「ふっ。甘いぜ!はあっ!!」


「止まった?まさか……」


 斧は床に着く直前でピタリと止まると、ルクリアは床に亀裂が入るほど力強く踏ん張って斧を切り上げる。


 バキバキッという床板が破裂するような音と共に、ルクリアが放った切り上げを私は何とか躱すが、代わりにせっかく詰めていた距離を大きく後退させられてしまった。


「ほん?今のは入ったと思ったんだけどな。お前、結構目がいいんだな」


「そっちこそ、本当に人間なの?最初から思っていたけれど、その斧を片手で扱うなんておかしいわ」


「おぉー、勘もいいんだな。正解だ。オレはただの人間じゃない。ドワーフと人間のハーフだよ」


「ドワーフ…なるほどね。それなら、その馬鹿力も納得だわ」


「馬鹿力とは失礼だな。オレも一応は女だぜ?」


「それは確かに失礼だったわね」


「まあ、そんな気にしてないけどな」


 ルクリアはそう言ってまた大斧を肩に担ぐけれど、私はじっと彼女のことを観察し続ける。


 --まさか、彼女があのドワーフの血を引いていたなんてね。


 それなら、あの低い身長ながらも力が強いことにも納得できるわ。


『ドワーフってなにぃ?』


『ドワーフっていうのは、鍛冶や物作りを得意とする種族よ。特徴としては、成人男性でも人間の子供くらい身長が低いのと、かなり力が強いってことかしら』


『そうなんだぁ』


 アクセサリーのような小物や美術品はエルフの方に軍配が上がるけれど、武器や防具のような物はドワーフの右に出る者はいない。


 それほどまでに、ドワーフの技術力は優れているのだ。


「さて。それより、どうしたものかしら」


 たった一度の攻防ではあったけれど、筋力という点では明らかにルクリアの方が上だ。


 だから、真正面からやり合えば負けるのはきっと私のほうだろう。


「ふむ。なら、他の手を使うとしましょうか」


 とはいえ、私は人間だ。


 そして、人間の最大の特徴は、その圧倒的な汎用性の高さにある。


 その気になれば、武術も武器術も魔法も、そして物作りでさえ、一定水準かそれ以上に鍛えることができる。


 --まさに、オールラウンダー。


 それこそが、人間である私の強みであり、私が最も理想とする戦い方だ。


「うん?雰囲気が変わった……」


 私が戦闘に対する思考を切り替えた瞬間。


 ルクリアもそれを感じ取ったのか、先ほどよりも一層真剣な表情になる。


『リア。あの魔法を使うから、サポートを頼めるかしら』


『あれだね!まっかせてよぉ!』


 これから私が使う魔法は、この世界ではリアと私以外に使い手がいない、特殊な魔法だ。


 そして、これは私が最初から持っていた魔法ではなく、リアと契約したことで手に入れた祝福。


 そのため、私もまだ自分だけの力では制御することができず、リアのサポートがなければ死ぬ可能性すらある危険なものだ。


「それでも…これを試すなら、彼女以上に最高の相手はいないわよね」


 正直、不安がないと言えば嘘になる。


 しかし…それよりも私は、この魔法を実戦で試してみたかった。


 一体、この魔法を戦いの中で使えばどうなるのか。


 --それが楽しみで仕方がない。


 覚悟を決めた私は、自身の中にある魔力を練り上げ、その魔力を身体全体へと巡らせる。


 やがて、群青と紫が幾重にも溶け合い、そこに微細な銀の粒子が星のように瞬く--星霜紫の魔力が溢れ出す。


『何回見ても、カルナの魔力は綺麗だなぁ』


「はは!これは、オレも気合いを入れないとダメそうだな!!」


 リアの見惚れたような呟きと、ルクリアの楽しそうな声を聞きながら、私は閉じていた目をゆっくりと開けた。



「さあ。ここからは私の時間よ。あなたに、ついてこられるかしら」



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