「ワーハッハッハッ!」
盛大に舞い上がった土煙の中から、豪快に笑いながら此方に向かって歩くその巨体は土埃に塗れ汚れてはいるが、全くの無傷だった。
「イヤー参った参った、これほど驚かされたのはいつ以来だったか?」
スキンヘッドの頭をピシャリと叩くと、破顔し更に凶悪さを増した顔で、さも愉快と言った風に話す隻眼の筋肉ゴリラこと、ギルドマスター。
「ふぅ」
(やれやれ、取り敢えずは驚かせる事が出来たようだな)
緊張の糸が切れ溜息が出る。俺はノーマルショットを全力全開の16連射し、その破壊力は自分の想像を遥かに上回る物だった。地面は抉れ、壁は砕け、天井の一部は崩落している。そして、ギルドが誇るという二重結界は見る影もない。土煙が晴れていく中、その中心に立つギルドマスターは、確かに全身が埃まみれで汚れてはいるが、その表情は満面の笑みを讃え、久しぶりに全力で遊んだ子供のようだ。
「やるなキサマ! まさかこのワシに、身体硬化スキル『
ギルドマスターが己の胸をドンと叩く。その瞬間、身体硬化スキルで身に纏った結界が解かれる。ガラスが割れる様な音と共に剥がれ落ちたそれは、地面に触れた端から無数のパーティクルに変わり、キラキラと輝き霧散する。
煌めく輝きと共に昇華するフォトンは、彼の巨体を美しく包み込み、一瞬、神々しさえ感じさせる⸻まあ、どう見ても幻想的な光景に佇むゴリラでした、本当にありがとうございました。
なるほど、ただ頑丈なだけではなく、寸でのところで防御スキルか何かを発動させていたのか。そうでなければ、いくらSランク冒険者でも、あの至近距離での直撃を無傷で済ませられるはずがない。
「いや、しかし、驚いたなんてもんじゃないぞ! 腰を抜かすどころか、魂が震えたわ! キサマの勝ちだ、ヨシダ!」
高らかにそう宣言するギルドマスター。その声は、破壊された訓練場に響き渡った。
「あ、ありがとうございます……。でも、その、やり過ぎました……よね?」
恐る恐る尋ねると、ギルドマスターはニヤリと悪い顔をすると、言い放つ。
「確かに全力を見せろと言ったのはワシだ。しかし全力で破壊せよとは言っておらん」
「な、なに言ってるんですか、二重結界に守られてて絶対大丈夫だって言ったから全力全開で相手したのに」
「まあ待て、ノノリアから聞いておるぞ? 登録料さえトーマスに肩代わりさせた文無しだと。そんなキサマに耳寄りな情報が有る。な、なんと、この地下訓練場の修繕費の免除と更に高額な依頼料が手に入る、お得なクエストへの特別優待権を進呈しようでは無いか」
「お得なクエストと言われてもねえ……」
(イヤ、それ絶対ヤバイ奴じゃん。この人性格まで
そう思いながら視線を彷徨わせると、遠くで腰を抜かしているノノリアさんと、口をあんぐりと開けて固まっているトーマスさんの姿が見えた。トーマスさんは俺の『面白い魔法』の被害を一番間近で見たわけで、その衝撃は計り知れないだろう。
「ヨ、ヨシダ殿……貴殿は……一体……」
トーマスさんがか細い声で呟くのが聞こえる。ノノリアさんはまだ言葉も出ないようだ。そりゃそうだろう。Aランク魔導士複数人の集中砲火にも耐えるはずの結界が、まるで砂糖菓子のように砕け散ったのだから。
「さて、ジャッジ!」
ギルドマスターがノノリアさんの方を向いて声を張る。
「は、はいっ! た、ただいまの戦い、ギルドマスターを見事(?)驚かす事ができましたので、ヨシダ様の勝利とし、初心者講習の修了を宣言いたします!」
ノノリアさんが、まだ少し震える声で、それでもはっきりと告げた。その言葉を聞いて、どっと疲れが押し寄せてくる。
「ふむ、修了証は後で発行するとして……ヨシダ、キサマ本当に初心者か?」
ギルドマスターが、今度は真剣な眼差しで俺を見据える。その隻眼は、先程よりも更に鋭く、俺の奥底を探るようだ。
「ええと……まあ、『冒険者』としては、ですが」
曖昧に答えるしかない。まさか前世でSTG
「そうか……まあ良い。その力、どう使うかはキサマ次第だが、一つだけ言っておく。力には責任が伴う。その力を正しく使う道、ゆめゆめ見誤るなよ」
「……はい」
ギルドマスターの言葉は、破壊された訓練場という背景も相まって、妙に重く響いた。
「それから、この騒ぎの報告と、キサマの力の査定は、きっちりさせてもらうぞ。場合によってはランク査定も、
言葉を区切り、ギルドマスターは俺の肩を掴む。その力強さに、思わず身が竦む。
「そ・れ・で・だ、お得なクエストの件だが、それをこれから上で話す予定だ、キサマにも付き合ってもらうぞ。いいな?」
「ちっ、忘れてなかったか……ハイハイ、文無しの上に訓練場の修繕費と言う借金まで背負ってる俺に、拒否権は有りませんよ」
(何でこの世界の関係者はどいつもこいつも『YES』か『はい』の一択なんだろ……まあ、それは置いとくとして、何か分からんが強制依頼への参加だろうな……はあ)
「まあ、何と言うか、アレだ……キサマの様な力を持つものを遊ばせとく程、今のギルドには余裕が無いんでな」
「プッ! 何だよ、照れてんのか? ソッポを向いて鼻の頭書いてるぜ。ゴリラのくせに可愛……くはないか、やっぱ。ハハハッ」
なんだかんだ言っても、こう言うワイルドなヤローは嫌いじゃ無い。仕方が無いから付き合ってやるか。
「後は……たまには、ワシの鍛錬に付き合え。お前のような奴と手合わせできる機会はそうそうないからのう!」
その顔は、本当に嬉しそうだ。戦闘狂の血が騒ぐ、といったところか。
「ちょっと見直したかと思ったらすぐコレだ……勘弁してくれよ〜〜」
俺の心の叫びは、轟音と共に崩れ落ちた訓練場の瓦礫の中に、虚しく消えていくのだった。
「おっほほほ、ヨシダ殿はギルドマスターに随分と気に入られた様で有りますな」
「ギルマスに気に入られたのは良いけれど、アタシ達、明日からどうやって業務をやってけば良いのよ〜〜〜」
「「「まあ、頑張れ!!、ハッハッハ〜」」」
こうして俺の異世界での冒険者生活は、初っ端からギルドの訓練場を半壊させるという、とんでもない展開で幕を開けたのだった。