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第12話 おっさん、宴の夜の夢

「グア……ゲッホ、ゲッホ、うぅ〜〜〜ん?」


 伝説の酒『竜ころしドラゴンスレイヤー』を飲んだ後、どうやら俺は寝てしまっていた様だ。


「全く、殺す気かよ」


 まだアレの後遺症が残っているのか、喉が焼ける様に熱く、猛烈な渇きで目が覚めた……


 ……どれほどの時間が経っただろうか。周りを見れば魔導具の灯は落とされ、薄暗い中に屍が累々、誰も彼もが酔っ払って気持ち良さそうな寝息を立てている。


「まずは水だ、水」


 暗がりで水を探そうとしていると、ふと掛けられる声。


「ヨシダ……かい?」


 声のする方に視線をやると、窓際の席に佇むフレアの姿が月明かりに浮かび上がる。


「ん? ああ、そうだ」


「どうしたんだい? 眠れないのかい?」


(いや、あんな物騒なもん飲ませといて、逆に眠ったまま起きなかったらどうすんだよ?)


 そう思ったが、無難に答えた。


「いや、アレのせいで、まだ喉がヤバくて目が覚めた」


「ははは、アレは凄かっただろ? アレの中にはね、ひと樽に僅か一滴だけど本物の竜の血が入っているからね」


「……は? 本物の竜の血ぃ? ちょ、ちょっと待て、フレア。それ、本気で言ってるのか?」


 俺は思わず声を裏返らせる。冗談にしてはたちが悪い。だが、月明かりに照らされたフレアの横顔は真剣そのものだった。


「ああ、本気も本気。そいつの中には、アタシ達の街を焦土に変えた……本物の竜の血が入っているのさ」


「なっ……へ? …………え?」


 言葉の意味が理解できなかった……いや、理解することを拒んだと言うべきか? まともな言葉を紡ぐ事が出来なかった……


「この世界ではさして珍しくも無い、何処にでも転がる……良くある不幸はなしって奴だよ」


 フレアは、窓の外に広がる月明かりの街に目を向けたまま、静かに続ける。


「アタシは元々この街の出じゃ無いんだ、もう何年になるか……アタシの故郷は、一匹の竜によって一夜で灰と消えた。そこに偶々訪れていたS-ランクの冒険者、『鉄塊のハルク』率いる 『鉄塊の旅団アイアンマス・ブリゲイド』、そう、ハルクのおっさん達がアタシを救ってくれたんだ」


 彼女の声は、いつもの快活さとはかけ離れた、深く沈んだ響きを帯びていた。月明かりがフレアの横顔を照らし、その表情に普段は見せない陰影を落としている。


(故郷が……竜に……襲われた。と……言ったのか?)


 俺は言葉を失い、ただゴクリと喉を鳴らした。喉の渇きとは別の、もっと根源的な乾きが胸の中に広がっていくような感覚だった。さっきまでの酒の熱気は完全に失せ、背筋に冷たいものが走る。


「あの戦いで、ハルクのおっさんは片目を失い引退を余儀なくされた。この酒場の熊親父もおっさんの仲間でね、片足を持って行かれてる……多くの仲間を失い、家族を失い、全てを奪われた。それだけの犠牲を払って得られたのは、ヤツの腕、たったの一本だけ……あの絶望の夜は、今でも忘れられない……よ」


 フレアはそこで一度言葉を切り、ゆっくりと俺の方へ向き直った。その瞳は、暗闇の中でも強い光を宿しているように見えた。


「だからアタシは誓ったんだ。二度とあんな悲劇を繰り返させないって。そして、いつかあの竜を……いや、全ての理不尽な暴力から、護れるだけの力を手に入れるってね。『余燼の光の騎士団エンバーライト・オーダー』って名前も、そういう想いが込められてるのさ。燃え尽きた灰の中から、それでも立ち上がる希望の光だってね」


 エンバーライト・オーダー……その名に込められた意味の重さを、俺は今初めて理解した気がした。ただ強いだけの、能天気な連中だと思っていた自分が恥ずかしくなる。


「『竜ころしドラゴンスレイヤー』は、そんなアタシたちの決意の酒であり、戒めの酒でもある。あの竜の血は……アタシたちが忘れないための、そして、いつか必ず超えるべき力の象徴なんだよ」


 フレアはふっと息を吐き、少しだけいつもの調子を取り戻したように微笑んだ。だが、その笑顔にはどこか儚さと、鋼のような強さが同居しているように見えた。


「ま、そんなワケで、ヨシダ。アンタはとんでもないモンを飲んじまったってこった。新入りの歓迎にしちゃ、ちょっと重すぎたかもしれないけどね」


 彼女は悪戯っぽく片目をつぶる。


「……いや」


 俺はかぶりを振った。


「フレアたちが、そんな過去を背負って戦っているなんて、知らなかった」


 喉の渇きは相変わらずだったが、今はそれどころではない。胸の奥が熱く、そして締め付けられるような感覚。昨日までの俺なら、こんな話を聞いたら「マジかよ、関わりたくねぇ」と逃げ腰になっていたかもしれない。だが、今は――今だけは……


「あの酒のいみが……少しだけ、分かった気がする」


 そう言うのが精一杯だった。本物の竜の血。途方もない話だ。だが、フレアの言葉には嘘も誇張もない、真実の重みがあった。


「そっか」


 そう、フレアは短く答えると、窓枠に腰掛けた。


「キャトリーヌも似た様な経験をしてる。鬼灯や瑠奈も多かれ少なかれ何かしら抱えてる。それでも皆んな過去を乗り越えようとしてるのさ。ま、ちょっと騒がしすぎるのが玉に瑕だけど」


 そう言って、フレアは眠っているキャトリーヌの方へ優しい視線を向けた。


「ヨシダ」


 フレアが再び俺を見る。


「アンタがどんな経緯でここに来たのか、まだ詳しく聞いてない。無理にとは言わない。でも、もしアンタが、アタシたちと一緒に戦ってくれるって言うなら……アタシは歓迎するよ」


 その真摯な瞳に、俺は言葉に詰まる。ギルドマスターに言われるがまま、なんとなく成り行きで参加することになった臨時パーティー。だが、この一夜で、俺の中で何かが変わり始めていた。


(俺の『面白い魔法』……女神がくれた特別なスキル。俺は正直舐めてた、この異世界を。女神の使命など、この力でサクッと終わらせ勇者になってウハウハハーレム一直線……そんなくだらない妄想ばかりしていた……)


 だが、目の前にいるこの人たちと共に歩む事を決めた。この理不尽な世界に抗う彼女達と進む事に不思議と不安はなかった。むしろ、何か熱いものが込み上げてくるのを感じる。


「……俺は、アンタの様に強くはない。それに、皆のような壮絶な過去も……ぶっちゃけ、まだ実感が湧かないくらいだ」


俺は正直に告げた。


「でも……」


 俺はゆっくりと拳を握る。


「皆の力になれるなら……俺も、一緒に戦いたいと思う」


 月明かりの下、フレアは満足そうに、そしてどこか安心したように微笑んだ。


「決まりだな。改めてよろしく頼むよ、ヨシダ」


「……ああ、こちらこそ、よろしくお願いするぜ、リーダー」


 俺がそう言うと、フレアはニカッと笑い、力強く頷いた。

 窓の外が、少しずつ白み始めていた。ソルバルドの街に、新しい朝が訪れようとしている。

 そして俺の、この世界での本当の意味での冒険も、今、始まろうとしていた。


「さて、それじゃあ、そろそろ起こしますか。今日の作戦、寝坊助がいたらシャレになんないからね」


 フレアはそう言って立ち上がり、まずは一番近くで大の字になって寝ているギルドマスターの脇腹に、遠慮なく蹴りを入れるのだった。


「ぐふっ!?」


 静寂を破る鈍い声と共に、Aランクパーティ『余燼の光の騎士団エンバーライト・オーダー』とその仲間たちの、騒がしくも頼もしい一日が、再び幕を開けようとしていた。


 俺は晴れやかな気持ちでそんな光景を眺めながら、乾いた喉を癒すための水を、今度こそ本気で探し始めた。


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