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第11話 おっさん、新歓で無双する?

 俺の臨時参戦するパーティも決まり、さてこれから如何するか? と思案を巡らせてると突然リーダーのフレアが声を上げる。


「そうと決まれば、ヨシダの歓迎会をしなきゃだな!」


「やったにゃー! 宴にゃー!!」


「うむ、流石リーダー、名案だ」


 リーダーのフレアが、腕を振り上げそう宣言すると、キャトリーヌと鬼灯も、間髪入れずに同調する。シンクロ率たけーな!


「へっ? 歓迎会を? 今から? 作戦開始は明朝なのに?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。明日は廃坑での大規模作戦だ。いくらなんでも今から酒盛りというのは、常識的にどうなんだろうか。


「何だい? アタシ達とは呑めないって言うのかい?」


 フレアが据わった目でジロリと俺を睨む。


(オイオイ、まだシラフだろ? 既に言動が酔っぱらいじゃ無いか。というか、この人、普段からこんな感じなのか?)


 すると、今まで黙っていたヒーラーの瑠奈が、やれやれといった風情で口を開いた。京言葉に似た独特のイントネーションだ。


「ウチは遠慮させてもらいますえ。毎度毎度、あんさんらの後始末ばっかりやらされるんは、ほんま堪忍してほしいわぁ」


 その言葉には、深い、とてもとてもふかーい疲労感が滲んでいる。どうやらこのパーティ、酒癖が悪いメンバーがいるらしい、と言うか瑠奈以外全員か?


「にゃ、瑠奈は付き合い悪いにゃ、たまには付き合うにゃ。折角のヨシダの歓迎会じゃにゃーか!」


 猫獣人のキャトリーヌが、瑠奈の袖を引っ張りながら甘えるように言う。モフモフの猫耳に尻尾と語尾の「にゃ」があざと可愛い。


「…………」


 瑠奈はキャトリーヌの言葉を完全に無視して、そっぽを向いてしまった。


(おい、喋らんのかい。いや、無言の抗議か? そしてキャトリーヌ、「ヨシダの歓迎会だから」って、俺をダシにもっともらしい事を言ってるが、ただ騒ぎたいだけだろ)


 瑠奈とキャトリーヌのやり取りに気を取られていると、寡黙と思われた鬼人族の鬼灯が、重々しく口を開いた。その声は、ハスキーボイスだが、思ったよりも女性らしかった。


「フレアの言う通りだ。新しい仲間が増えたんだ、景気付けは必要だろう。私も賛成だ」


 短く、しかし力強い賛同の言葉。そしてその目には、どこか楽しげな光が宿っているように見える。


(うわ、こっちも飲む気満々かよ! 鬼は鬼でも酒呑童子だったのか? どちらにせよ酒豪のイメージあるもんなぁ…)


「ほら見ろ、鬼灯もこう言ってるじゃないか。瑠奈もたまには良いだろ? あっヨシダは決定な!」


 フレアが勝ち誇ったように瑠奈と俺を交互に見る。3対2の劣勢だ、断れる雰囲気じゃない。


「い、いや、俺は……その、今日の宿もまだ決まってないし、それに一文無しだから……」


 歯切れ悪く答えるのが精一杯だった。内心では「お前らの酒の肴になるつもりは無い!」と叫んでいるのだが、この歴戦の猛者たちに面と向かって言えるわけも無い!


「金なら心配するな。ヨシダ、アンタの歓迎会だし無論奢りだ。それに朝まで呑むんだ、宿なんか必要無い!」


 フレアが「逃がさないよ」と言わんばかりに肩をガッチリホールドして、無茶振りしてメッチャ不安を煽る。


「当然ワシも参加する。ギルマス命令だ、ヨシダっ『True』か『Ok』のどっちだ?」


 ギルドマスターが、いつの間にか俺の背後に立っていて、豪快に笑いながら口を挟んできた。どうやらこのゴリラも混ざる気満々だ。もうね、俺の選べる選択肢は肯定しか無いのね……


「ヨシダ、キサマの『面白い魔法』の片鱗は見たが、こいつらの『面白い呑みっぷりたたかい』も中々のモンだぞ? 大体酒の一つも呑めずに何が冒険者だ! しのごの言わずについて来い!」


(うわー、カオスさいあく戦いのみかいが目に浮かぶ様だ。ってか、ギルマスなのに飲んでて良いのかよ、明日の準備が有るんじゃ無いのか?)


「決まりだな! それじゃあ、いつもの店に行くよ! ヨシダ、お前の歓迎会だからな、遠慮なくやっとくれ!」


 俺の心配などどこ吹く風で、フレアが背中をバシバシ叩き有無を言わさぬ勢いで歩き出す。鬼灯とキャトリーヌも嬉々としてそれに続く。


「はぁ……しゃあないなぁ。ヨシダはん、あんまり無茶しはったらあきまへんえ? あの人ら、ほんまに加減知りまへんから」


 瑠奈が諦めたようにため息をつき、俺にだけ聞こえるようにそっと忠告してくれた。その言葉に、わずかながら人の温かみを感じる。


(瑠奈さん……! 過ぎたるは、及ばざるが酒の席……時既に遅しです)


 こうして俺は、半ば強制的に、ソルバルドの夜の街(まだ夕方だけど)へと繰り出すことになり、Aランクパーティ『余燼の光の騎士団エンバーライト・オーダー』との初顔合わせは、歓迎会という名の戦場へと突入するのだった。



********



「ヨシダ、此処がアタシ達が行きつけの店だ」


 フレアは此方を振り返るとそう言ってニカッと笑う。眩しい笑顔で惚れてしまいそうだが騙されてはいけない。それはこれから始まるカオスな宴のフラグなのだから。


 そうは言っても、文無し、宿無し、何も無しの俺は背に腹は代えられない。腹を括って、いざ戦場へ、毒を食らわば皿までだ!

 悲壮感漂う決意で入り口をくぐる俺を見た店員は、「これから断頭台にでも登るのか? 」と思ったに違いない。その証拠に、一瞬動きが固まっていた。


「ヨシダっち顔がふけーきにゃ、パーっとやって元気出すにゃ!」


「そうだぞヨシダ、アタシがお勧めのスゲーの頼んでやるから、元気出せ!」


「うむ、此処は肉がお勧めだ、元気が無い時は肉食え肉。パワー出る」


 悲壮感漂う俺を励ます、アットホームで頼れる仲間感出してるけど、新社会人が歓迎会で一発芸をやらされた様な不景気な顔は、全部君たちの所為だからね?


 空気読めない肉食系に溜息を吐きながら店に入ると、いかにも冒険者が集いそうな、活気と喧騒に満ちた酒場だった。頑丈そうな木製のテーブルと椅子が並び、ワイルドボアの頭部の剥製や、店主のものか自慢の武具などが飾られている。香ばしい肉の焼ける匂いと、強い酒精の匂いが混じり合い、食欲と……逃走欲を同時に刺激する。


「おーい、親父! いつもの6人分頼む! それと新歓恒例のアレ・・も頼む!」


 フレアが大声でカウンターの奥に声をかけると、熊のような髭面の店主が「おう、フレアか、新しいやつ入れたのか?」と威勢よく答えた。


(アレってなんだよ、新歓恒例って……もしかして、大学の新歓コンパ的な悪ノリ系か?)


 若かりし頃の苦い思い出が脳裏をよぎるが、瑠奈の声で現実に引き戻される。もっとも戻ってきた現実はもっと苦かった訳だが……


「ヨシダはんは、これにしとき。水みたいやけど、後からえらいことになるお酒よりはマシやさかい」


 いつの間にか隣に座っていた瑠奈が、そっと透明な液体が入った木の杯を俺の前に滑らせた。見た目はただの色付きの水だが、ほんのりと香る柑橘系?の香り。


「ちなみにこれは『妖精の黄金水フェアリーネクター』ゆうてな、金色の酒を果実水で割ったもんや。ほんのり酔うわ」


(『妖精の黄金水フェアリーネクター』って、まさか妖精さんの"ピー"じゃ無いだろな……ってただのミードでした。それにしても店主の熊親父のネーミングセンスがファンシーとか誰得?)


「ヨシダ! そんな水で薄めたモンは酒じゃねぇ! 男は黙って『ドワーフの火酒』のストレートだ!」


 ギルドマスターが、いつの間にか巨大なジョッキを片手にどっかりと腰を下ろし、こっちに絡んでくる。そのジョッキの中身は、火が付く程に酒精が強い、もはや燃料と呼べるシロモノだった。


(アンタはもう呑んでんのかよ? 俺の歓迎会なのに乾杯もへったくれも無しかっ!!)


「ギルマスはんは、ご自分だけでそれを楽しんでおくれやす。ウチはこれ以上介抱するんはご免ですわ」


 瑠奈は柳に風と受け流し、自分の杯に入った淡い金色の液体を静かに口に含んだ。彼女だけがこの喧騒の中で、一服の清涼剤のようだ。

 やがて、テーブルには次々と料理が運ばれてきた。鬼灯が太鼓判を押した巨大な肉塊(直径30cmはある巨大な漫画肉だ! コレは正直心躍った)、山盛りのソーセージやチーズの盛り合わせ、そしてコレまた肉塊がゴロゴロ入った煮込み料理。どれもこれも豪快で肉がコレでもかと入っている超高タンパク高カロリー仕様だ!


 そして、俺の目の前には、フレアが注文した新人歓迎会の恒例らしい例のアレ・・・・が鎮座ましましている。


 その深い紅色の液体を湛えるジョッキからは煙が立ち上り、目をさす様な強烈な刺激臭が漂っている。その名もズバリ『竜ころしドラゴンスレイヤー』、竜をも殺す伝説の酒だ!(と、自ら給仕した熊親父が豪語してた)


「さあヨシダ、遠慮は無用だ、グイっといけ! これが飲めなきゃ、アタシ達の仲間とは認めねぇぞ!」


 そう煽るとフレアは悪魔のようサディスティックな笑みを浮かべて俺を見ている。

 キャトリーヌの方は「ヨシダっち、ふぁいと〜にゃ!」と酔いが回って呂律が回ってない。

 鬼灯は顔色一つ変えずに黙々と肉を食いちぎりながら酒を煽り、俺の様子を高みの見物だ。

 なぜか知らんが周りのテーブルの連中も、この酒に注目しギャラリーの数が半端無い。


(これが……Aランクパーティの洗礼か……それとも本当に伝説の酒なのか?……いずれにせよ、STGで言うなら初見殺しの極太レーザー&凶悪弾幕のコラボレーションか! 回避不能! ライフで受けるしかないのか!?)


 俺は意を決し、木の杯を手に取った。鼻を近づけるとアルコールと香辛料に、ほんの少しの鉄臭さが入り混じった強烈な匂いが脳天を突き抜ける。


(これを乗り越えなければ、明日の作戦どころじゃない! ままよ!)


 ジョッキを傾け一気に喉に流し込む。


「ぐっうううっ……かああああっ!!…………ゴッホ……ゴッホ……ゴホ……」


 喉が焼け付く様な強烈な熱さと、舌を刺すような刺激、まるで胃袋に溶けた鉄でも流し込んだかのような衝撃が全身を駆け巡る。視界が一瞬フラッシュし、咳き込む俺。


「ハァーッハハハ! どうだいヨシダ、効くだろ!?」


 フレアが腹を抱えて大笑いしている。ギルドマスターも「なかなか見込みがあるじゃねえか!」とご満悦だ。


(こ、これが……『竜ころしドラゴンスレイヤー』……。冗談じゃない、本当に竜でも殺しちまいそうだ……)


 口の中はヒリヒリと痛み、胃のあたりがカッと熱くなるのを感じる。だが、不思議と不快な酔い方ではない。むしろ、体の芯から力が湧き上がってくるような感覚すらあり、24時間戦えそうな気さえする。


「ヨシダっち、かおがまっかっかーだにゃ、ゆでだこにゃー!」


 キャトリーヌがケラケラと笑いながら、俺の頬をぷにぷにと突いてくる。


「ふむ、覚悟は、見せて貰った」


 鬼灯が肉を咀嚼しながら、少しだけ口の端を上げたように見えた。


「ヨシダはん、ヨシダはん?……せやからゆうたのに、無茶しよって……」


 瑠奈の心配する声が聞こえるが、喉をやられたのか、意識がアレなのか……まともに返事すら出来ない……



 その後は、まさに『戦場』だった。フレアとギルドマスターは、次から次へと『ドワーフの火酒』やら『鬼人の血潮』やら、名前を聞くだけで卒倒しそうな酒を酌み交わし、大声で昔の武勇伝(大半がホラ話にしか聞こえない)を語り合っている。


 キャトリーヌは、そんな彼らに合いの手を入れつつ、合間合間に俺に絡んできては『竜ころしドラゴンスレイヤー』のおかわりを勧め、鬼灯は黙々と、しかし恐ろしいペースで肉と酒を呑み込んでいく。


 瑠奈だけは、そんな喧騒をどこか遠い世界のことのように眺めながら、時折俺に「無理しなさんなや」と声をかけてくれるが、その声も次第に遠くなっていく気がした。


 俺はというと、STGで鍛えた集中力と反射神経(?)を駆使し、勧められる酒を適度に回避しつつ(それでも結構飲まされたが)、ひたすら肉を食らい、このカオスな状況をどうにか生き延びようと必死だった……


 気が付けば宴の熱は頂点へと達し、店内の他の客達も巻き込んで歌えや踊れの乱痴気騒ぎだ。


 ギルマスはああ見えて元S-ランクの凄腕冒険者だ、若い連中が集まって(捕まえて?)熱心に昔話を聞いている。


 フレアはギルド最強格のパーティリーダーだ、他のパーティリーダーや様々な野郎共が引も切らさず訪れる。その美貌と面倒見の良い姉御肌、更にはカリスマ冒険者パーティのリーダーと言う強さまで兼ね備えているのだから、その人気も頷ける。


 一方キャトリーヌは、あざと可愛さ全開で自ら彼方此方のテーブルへ出向ては、ある時は甘え、また有る時は揶揄い、様々なチョッカイをかけては、フッと居なくなり困惑しているその様を見ては「にゃははは」と笑っていて、とても楽しそうだ。


 キャトリーヌとは真逆と思われた鬼灯だが、意外や同じ様な巨漢の冒険者数人が集まり、黙々と肉と酒を交互に飲み干している。その一角は一種異様な熱気に包まれ、益々ヒートアップして行く。それに付き合う給仕の娘は行ったり来たりと、てんてこまいである。(あの一角だけフードファイトしてるのかよ!!)


 そして、『余燼の光の騎士団エンバーライト・オーダー』の良心。唯一の常識人。瑠奈はと言うと、日本人形の様な清楚な美しさに魅了され、後を絶たない軟派野郎共を、京言葉の柔らかな物腰と氷の様な冷たい視線で撃沈しまくっていた。(うん、瑠奈さんは怒らせない様にしよう)


 普段接する事の無いAランク冒険者、しかも全員が魅力的な女性とあらば周りがほっとく訳も無く、まるでアイドルのオフ会の様相を呈し夜は更けて行くのだった……


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