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第8話

初めてのちゃんとした侵入者との戦闘も終わり、俺はだらけるように椅子に座りながらぼーっとモニターを眺めていた。

そんな俺のもとにふわふわと浮かびながら近付いてきたリゼルは、なんとも言えないような表情を浮かべながら声を掛けてくる。

「ハヤトさん。例の部屋に捕まえた女を移動させときましたよ」

「ああ、ありがとう」

初めての戦闘の緊張と疲れで動けなくなった俺に代わって、リゼルが後始末をしてくれた。

男の死体はそのままモンスターの餌に、そして捕まえた女はゴブリンの巣に。

今頃は意識を取り戻して、ゴブリンの餌食になっていることだろう。

南無南無……。

大量のゴブリンに囲まれてもみくちゃにされている女の姿を想像して、なんとも言えない感情になる。

俺はまだ未経験なのに、ゴブリン達はもう……。

「いや、ゴブリンに嫉妬とかマジでみっともないから止めましょうよ」

俺の思考を呼んだように呟かれたリゼルの呆れ声に、俺は想像の世界から意識を戻す。

……確かに、そうかもしれない。

心を入れ替えた俺は、もう一度だけ苗床の女に思いを馳せる。

どうか、元気で丈夫な子どもを産んでくれ。

その子どもたちは、ちゃんと有効活用させてもらうからな。

感謝を込めてゴブリンたちの巣に向かって手を合わせて拝む俺を、リゼルが不審そうな視線で見つめていた。

なんだね、その目は。

今の俺はゴブリンという種の存続についてとダンジョン運営での彼女の尊い貢献に思いを馳せているんだから、そんな目で見るのは止めたまえ。

なんて適当なことを考えて思考を切ると、俺は再び椅子の背もたれへと身体を預ける。

さて、事後報告はこれくらいで良いか。

ちなみに奴隷らしい荷物持ちの女の子は、回復術の心得のあるネールに預けて細かい傷なんかを治してもらっている。

相当ひどい扱いをされていたみたいで身体中には生傷や塞がり切っていない傷が多いらしく、後始末が終わった今になっても奥の部屋から出てきそうにない。

ネールにはぜひとも、徹底的に彼女を癒してあげてほしい。

「それで、ハヤトさん。あの子はどうするおつもりですか?」

……どうしよう。

「考えてなかったんですか。……まぁ、テンプレ的にはそのままこのダンジョンで奴隷コースですよね」

奴隷は、人権的に……。

「だから、この世界の奴隷は合法だし、そもそも奴隷に人権なんてものはないって何度言ったら分かるんですか!? まったく、戦闘中はあんなに鬼畜外道なのに、どうして普段はこうなんです?」

別に、戦闘中も普通だが。

なんとも不名誉な扱いに念のため抗議してみても、返ってくるのは呆れたようなため息だけ。

「普通の人間は、あんなゲスみたいな戦法思いつきません。なまじ思いついたとしても、実行になんて移そうとしませんよ」

……まぁ、確かにちょっと卑怯だったかもしれない。

だけど、侵入者は確実に始末しておかないと俺の命に関わるからな。

なにより、勝てば官軍なのだ。

「その開き直り方はむしろ清々しくて好感が持てますけど。でも、ネールっちの反応は悪いでしょ」

クズを見るような目で見られましたがなにか?

俺的には非の打ちどころのない百点満点の戦略だったのだけど、腐っても姫で騎士でもあるネールには思うところがあったみたいだ。

怖くて振り返ることはできなかったけど、背中には睨みつけるような視線の圧がヒシヒシと突き刺さっていた。

この短期間でちょっと慣れつつあるとはいえ、やっぱりあれだけの美少女から冷たい視線を向けられるのはちょっと心に来るものがある。

もちろんその視線は一瞬のものですぐに諦めたようにため息を吐かれたが、それにしても彼女からの好感度が下がってしまったのは言うまでもないだろう。

あと、お前ってネールのことを「ネールっち」て呼んでるんだな。

仲良しか?

「まぁ、少なくともハヤトさんよりは仲良いと思いますよ」

……たった一言なのに、どうしてこうも俺を傷付けることができるんだろう。

短い言葉に込められた致死量の悪意を正面から浴びて、危うく心臓が止まってしまうところだった。

久しぶりに二人きりになってリゼルの暴言の才能に戦慄していると、俺の背後で扉の開く音がした。

「お待たせ。治療は終わったわよ」

その言葉に振り返ると、そこにはネールと。

見覚えのない美少女が立っていた。

フリルの付いた薄桃色のワンピースに、艶のある黒い髪。

そして何よりも目を惹くのは、その頭に生える獣のような耳だった。

その耳は、怯えるように垂れ下がってしまっている。

えっと、本当に誰?

もう訳が分からなくなって混乱している俺を、隣に浮いているリゼルが駄目なものを見る目で眺めている。

いや、俺だって本当は分かってるよ。

このダンジョンに居て、しかもネールと一緒に部屋から出てきたんだから答えはひとつしかないことくらい。

だけど、それでも訳が分からなくなって頭が混乱するくらい、彼女の容姿はあまりにも変わりすぎている。

「ついでにお風呂に入れて、着替えもさせたわ」

見違えたでしょ、と自分の事のように誇らしげに微笑むネールの後ろに恥ずかしそうに隠れてこっちを見ている女の子は、なんだか守ってあげたくなるような雰囲気を纏っていた。


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