「……とりあえず、飯にしようか」
優しく微笑みながらミリィの頭を撫でると、ビクッと身体を震わせた後に俺の手に身を任せてきた。
「じゃあっ、じゃあっ! 私が作るです!」
ひとしきり撫でて満足していると、ミリィがぴょんぴょんと跳ねながら手を上げる。
そう言えば、ミリィは家事のスキルを持っていたっけ。
「同じカジでも、ネールっちの持ってるのは鍛冶ですからね」
「五月蝿いわね。いつか役に立つ時だって来るわよ」
隅の方で小競り合いが始まった気がするが、関わらない方が利口だ。
二人を無視して、ミリィに向き直る。
「作るって言っても、ここにはイモモドキくらいしかないぞ」
あとは、ポイントでも買えるけどちょっと高い。
「大丈夫なのです。あっ、でも少しだけ調味料が欲しいです」
グッと胸の前で握り拳を握ったミリィだったが、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべる。
こうやって見ていると、コロコロと表情が変わってとても可愛い。
どうして、こんな子が虐められなくちゃいけないんだ……。
「ご主人様?」
「え……? ああ、ごめん。調味料くらいなら大丈夫だぞ」
「わぁ、ありがとうです!」
どす黒い感情に沈みそうになっていた俺は、ミリィの声で引き戻された。
……きっとこういうのは、あまり真剣に考えちゃいけないんだな。
平常心を保てば、大丈夫だ。
ミリィが欲しがった調味料をポイントで購入して渡すと、まるで子供がおもちゃを貰ったようにはしゃぎながらキッチンへと向かう。
ちなみにキッチンも、どうしても肉が焼きたかったリゼルの自腹なのは言うまでもない。
この調子で、家財道具一式を出してはくれないだろうか。
冷蔵庫と洗濯機が欲しい。
まぁ、己の欲望は隅に置いておこう。
そうこうしているうちにも、部屋の中には美味しそうな匂いが漂ってきた。
あまり食にこだわりのない俺でも、思わずお腹が空いてきてしまう。
それは他の二人も同じのようで、さっきまで言い争っていたのが嘘のように静かに料理の完成を待っている。
待つこと10分、俺たちの前に運ばれてきたのは美味そうに湯気を立てる料理たちだった。
イモモドキだけじゃなく残っていた肉も使ったみたいで、可愛い女の子が作ったと言う贔屓目を抜きにしても美味そうだった。
……そう、女の子の手料理である。
これまでの人生で一度も縁のなかった、これからも俺には縁のない物だと思っていた手料理。
しかも、これを作ったのは目の前に居る獣耳美少女だ。
まだ食べてもいないのに、涙が出てきそうになる。
「ご、ご主人様。どうしたんですか?」
「ああ、放っておいて大丈夫ですよ。ただの感涙ですから」
「手料理くらいで大袈裟ね」
五月蝿い。
お前たちには、モテない男の悲しみなど分からないんだ。
「ええ、分かりませんよ」
「と言うか、分かりたくもないわね」
カウンターが見事に決まって、俺はその場に突っ伏してしまう。
それでも料理を零さなかったのは、きっと執念のなせる技だろう。
そんな俺を、ミリィだけは優しく介抱してくれた。
「大丈夫です、ご主人様。私はご主人様が大好きなのです」
そんな事を言いながら笑顔で見つめられると、どうしたら良いか分からない。
「笑えば、良いと思うよ」
どこぞの中学生みたいな事を言ったリゼルの皿には、もう料理がほとんど残っていなかった。
……食べるの早すぎるだろ。
いったいその小さな身体のどこにそれだけの食べ物が入っているんだ?
だけど、それは触れてはいけないと俺の中の何かが告げている。
「ねぇ、主様。遊ぶのは良いんだけど、早く食べないと料理が冷めるわよ」
「そうですよ。いらないなら、私が食べてあげましょうか?」
食べるから、今にも横取りしそうな体勢を止めてくれ。
慌てて箸を手に取ると、料理を口に運ぶ。
……美味い。
生で食べた時の猛烈なエグミが嘘のようになくなったイモモドキは、掛けられているソースと絡まり合って最高に美味い。
他の料理も口に入れると、それぞれに違った美味さがあって箸が止まらなくなってしまう。
「と言うか、ハヤトさんの語彙の少なさに驚きですよ。もっとちゃんとしたグルメコメントはできないんですか?」
「一般人には、これが限界だ」
だいたい、毎回のようにグルメリポートをする奴なんか鬱陶しいだろう。
「それもそうですね」
美味しい料理を食べたからだろうか、リゼルの毒舌も鳴りを潜めているような気がする。
「お口に、合いましたか?」
そうやって料理を楽しんでいると、隣でミリィが不安そうに尋ねてきた。
「最高に、美味い」
「ええ、こんなにおいしい料理を食べたのは久しぶりだわ」
「ですです。今日の朝なんか、ただ肉を焼いただけでしたから」
料理ができない三人が口々に褒めると、ミリィは照れたように頬を赤らめていた。
「可愛いなぁ。こりゃあ、食後のデザートはミリィで決まりだな」
おいリゼル、俺の言葉みたいにクソみたいな言動をするのはやめろ。
「うわ。主様って最低ね」
だから、俺じゃないって。
「ご主人様にだったら、良いですよ」
……はい?
突然のミリィの言葉に、俺は言葉を失ってしまう。
それはリゼルやネールも同じだったようで、二人ともさっきまで浮かべていた朗らかな表情のまま固まっていた。
思考停止したままそんな珍しい光景を眺めていると、先に我に返った二人はほぼ同時に大声を上げる。
「「女の子がそんなこと言っちゃいけません!!」」
そのままミリィへと詰め寄っていく二人を見ながら、早々に考えることを放棄した俺はただ目の前の料理を消費していくのだった。