14時26分。
家屋がユッサユッサと、まるで小船のように大きく揺れはじめた。
「地震だ!」孝夫の
「あなた正ちゃんをお願い!」
「わかった!」
孝夫は急いで廊下に出たが、立ってなどいられない。
孝夫は這いずりながら正一の寝ている突き当たりの子供部屋にたどり着くと、布団の中で気だるそうに眠っている正一を抱き抱えた。右手におもちゃをしっかりと握っていた。誕生日のお祝いに、怜美からもらった飛行機のおもちゃだった。
孝夫はまるで潜水艦の狭い廊下でも歩いているかのようによろけながら、かろうじて妻のいる居間にたどり着いた。
ギシギシと柱が軋む。テレビ台からテレビが落下する。ありとあらゆる小物が床に落ちて、鼓笛隊の小太鼓のような音を立てた。そして最後にはタンスが和太鼓のような大きな音を立て転倒し、埃が弾幕のように舞いあがった。
表で大きな音がした。なにかが割れたようだ。振動で窓ガラスでも落ちたのだろう。
育子は孝夫の手から正一を預けられ、わが子を必死に抱きしめていた。孝夫は妻の肩を抱き寄せて眉をひそめた。
「長いな。いったい、いつまで続くんだ・・・・・・」
外ではいつやむともなくサイレンが、
どのぐらい時間が経過したのだろう。何時間も経ったような気もするが、ほんの数分の出来事だったような気もする。気が動転しているのだ。
「あなた。怜美に連絡は取れた?」
「だめだ」孝夫は受話器を置いた。「繋がらない」
「どうしましょう?」
「避難か。そうだな・・・・・・いま外に出ると、ガラスの破片とか瓦が落ちてきたりするから逆に危険だ。正ちゃんの具合のこともあるし、もう少し様子をみることにしよう」
「そうね。いつも何事もなく終わるもの。そうしましょう」
※※※※※※
「怜美ちゃん、今動いちゃだめ!下手をすると怜美ちゃんが津波に飲み込まれることになるよ」
高峰曜子が、自宅へ戻ろうとする怜美を押し
「でも」
曜子は怜美の両肩に掌を置いて、眼をのぞきこんだ。
「だいじょうぶだよ。きっとみんな避難しているって。怜美ちゃんの家は少し高台にあるんでしょう?」
「うん」
「標高は?」
「標高、海抜のこと?」
「あ、ごめん。海抜か。海面からどのぐらの高さなの?」
「たしか10メートルぐらいだってお父さんが言っていたけど・・・・・・」
「ならだいじょうぶだよ。防災無線を聴いたでしょ。津波の高さは六メートルだって」
「本当にだいじょうぶかなぁ。家には小さな弟もいるの。怖がっていないかなぁ」
怜美の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
この時にはまだ誰もこの災害が死者1万5千人、行方不明者7千5百人にも達する大惨事になるなどとは思ってもいなかったのだ。