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3 保護者面談

※夢ノ宮市市立■■小学校の臨時教師に偽装した朱雀機関の調査員・塚森レイジによる聞き取り。

※聞き取りの対象者は前述の作文の執筆者、田所桃の母親・田所あかり(32歳)。工場勤務。夫■■■■のDVが原因で別居、現在は離婚調停中。

※偽装シナリオ「保護者面談」に従い、同小学校の空き教室にて■■月■■日、14時35分より聞き取りを開始。

※以下はその際の録音テープを書き起こしたもの。


<録音開始>


(ドアの開く音)


塚森レイジ(以下、塚森):

――あぁ、田所さんですね。

よくいらっしゃいました。どうぞこちらへ。


(椅子の脚が床をこする音)


田所あかり(以下、田所):

あの……申し訳ないんですけど……。


塚森 :

はい? 何でしょう?


田所 :

実は今日は仕事を途中で抜け出していまして……。

出来るだけ早く切りあげて頂けるとありがたいんですけど……。


(数秒間沈黙)


塚森 :

ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

……ですが、今日はご連絡差し上げたように娘さん、――桃ちゃんが書かれた作文に気になる記述がありまして……。

作文の提出依頼、桃ちゃん、長期に渡って不登校の状況が続いていますよね? 

学校側としましても気になっていまして……。

桃ちゃん、ご家庭ではどう過ごされていますか?


田所 :

どうって……?

別に普通だと思いますけれど?


塚森 :

普通……、ですか。


(紙をめくる音)


塚森 :

なぜ、このような質問をしましたかと言いますと……我々としては、桃ちゃんの作文の内容があまりにも異様と感じているからなんですよ。

特に何度も、繰り返し書かれている『団地のおうさま』と言う言葉がですね……。


(田所が深いため息をつく)


田所 :

あの、先生。失礼ですが……

私、今日はこんなことで呼び出されたんですか?


(短い沈黙)


塚森 :

こんなことと言いますと?


田所 :

ですから――この、『団地のおうさま』ですか? こんなの子ども同士のお遊びじゃないですか。

……娘を心配してくださるのはありがたいですが、私が働かなければ親子そろって飢え死にすることになるんです。

今日だって無理を言ってシフトを開けてもらいましたけど、万が一、工場をクビになったら……。


塚森 :

そのことは重ねてお詫びします。

ですが……、ここで語られる『団地のおうさま』なる人物の行動は異状です。

子どもの遊びやいじめを遥かに超えています。

この作文をそのままの意味で捉えれば、桃ちゃんを含めた子ども達は小動物を「にえ」に、つまり殺していることになります。

大変申し上げにくいことですが、場合によっては警察に相談することも考えるべきでは……。


田所 :

警察? なぜですか? 

なぜ、よそ者を介入させるんです!?

そんなことしたって誰も幸せになれませんよ? 

私たち大人も、桃たち子供も!


(訳のわからない怒鳴り声)


塚森 :

田所さん……。

少し落ち着きましょう。


田所 :

大体、「にえ」の何がそんなに問題なんですか? 

私達人間だっていろんなものを「にえ」にしてるでしょ!牛やら豚やら鶏やら!

たくさん、たくさん殺して! 俺よりもっと! 「にえ」にしてる!

違うんですかぁ、先生ぇええええええ!?


(けたたましい絶叫)


塚森 :

……なるほど。……かなり入り込まれているな。

桃ちゃんを思う気持ちが弱ければ、とっくに取り込まれていたかもな。(小声)


田所 :

声が小さぁああああああいですよぉ!?

何が仰りたいんですかぁ先生ぇええ!?(絶叫)


(床を踏み鳴らす音)


田所 :

あ、そうだぁ!先生、聞いてくださいよぉ! 

うちの子が、桃が『おうさま』にプロポーズされたんです! 

お嫁さんにしてあげるってぇ!


塚森 :

……そのようですね。

だけど、作文を見る限り桃ちゃんは嫌がっているようですが。


田所 :

そんなことありませんよぉおおおおおお!

そりゃ桃は子供でバカだから最初は照れ隠しのふりで嫌がってましたけどぉおお――、だんだん、『おうさま』のことが好きになったみたいで!

お輿入れの日を指折り数えているんですからぁああああ!

『おうさま』の子どもをォ、ベイビーをたくさん産みたいってはしゃいでいるんですからぁあああああ!

キャハハハハハハハ!キャハハハハハハハ!


(さらに激しく床を踏み鳴らす音)


塚森 :

物狂いか。悪趣味だな。

……田所さん、ちょっと失礼しますね。


(かしわ手を打つ音、2回)


オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。

オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。


(数分間に渡って塚森の真言が繰り返される)


田所 :

……えっ? 

……あ、あの先生? ……私、今何を?


塚森 :

……少しつかれておられるようですね。

大丈夫。落ち着いて、ゆっくり深呼吸なさってください。


田所 :

はぁ……。

私、早く仕事に戻らないと……。

帰ったら桃の晩ご飯も作ってあげないと……。


(重いため息)


<録音終了>

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