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類似案件3 小論「ヨモツヘグイと陰膳~対立する二つの共食~」

※月刊誌「旅と民俗のこころ」2015年■月号

※寄稿者は絵本作家飯田サダハル氏

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……今回は■■県■■郡三千村の葬式にまつわる奇妙な風習を紹介する。


とある家庭で死者が出た場合、地元の付き合いのある人々や親戚などを招き葬儀を行うまでは他の土地と同様なのだが故人を荼毘に付した後、三千村では葬式の参列者は大きな一軒家を借り切って七日の間、物忌を行うことになる。


この時、用意される一軒家は「隠れ家」と呼ばれ、そこでしばしの生活を送ることになる葬列者達は故人の仏壇に供えられた陰膳と同じものを日に三度食することになり、「隠れ家」から外出することはもちろん、陰膳以外の食事を取ったり間食をすることすら許されない。


その理由は、死者の臭いに誘われてあちらの世界から這い出してきた目には見えないモウジャどもが生者に悪さ、をしようと七日七晩の間、あの手この手を尽くすからだと言う。


モウジャどもが企てる悪さとは何か?

この三千村ではモウジャにヨモツヘグイを強要されることを非常に恐れる、という。


では、ヨモツへグイとは何か?

それは「黄泉竃食」と表記され、「黄泉の国のカマドで調理された食べ物」の行為を指す。


それはある種の禁忌であり、それを行った者――ヨモツへグイを行った者は黄泉の国の住民となってしまい、現世に戻って来れなくなると言う。


有名な例はやはり「古事記」に登場する国生みの神イザナギ・イザナミの夫婦神のエピソードであろう。


火の神カグツチを生んだことで命を落とした妻であるイザナミを求めて黄泉の国へと向かったイザナギは、そこで巨大な宮殿を見つける。そこに亡き妻・イザナミの存在を感じたイザナギは固く閉ざされた宮殿の扉越しに「ともに地上に帰ろう」と呼びかける。


これに応えたイザナミの声が言うには「既に私は黄泉の国の食べ物を口にしてしまいました。あなた様の元に戻るわけにはいきません」という絶望的なものだった。


それでも、どうしても連れて帰ると譲らないイザナギ。


するとイザナミは何か良い手がないか、黄泉の神に相談してみるとして――

イザナミにはそこで待っているように、決して中を覗いてはいけませんと告げてその場を去ってしまう。


最初は言われた通り、ただ扉の前で待っていたイザナギだったが待てど暮らせど、いつまで待っても愛しい妻は帰ってこない。


そこでしびれを切らしたイザナギは妻の言いつけを破り、宮殿の中を覗いてしまう。

そこでイザナギが見たものは全身が腐敗して蛆がたかり、身体の八か所に恐ろしくおぞましい雷神に寄生された、変わり果てたイザナミの姿であった。


恐れ慄いたイザナギはその場を逃げ出し、それに気がつきよくも恥をかかせたなと激怒したイザナミはヨモツシコメ、ヨモツイクサなる魑魅魍魎を率いてかつての夫を追いかけるのだが……。


……少々脱線したが三千村とここで言うヨモツヘグイは同じ行為を指すと思われる。


つまり、死者の国で煮炊きしたものを食べる行為だ。イザナミがそれを行ったのは死後であり、イザナギの感情は別として手続きとしては正統なものである。


比べて三千村ではというと、新たな死者の臭いに誘われて現れたモウジャたちは黄泉の国の食べ物を食べるよう強要してくるのである。


モウジャたちに抗えず、ヨモツヘグイを行ってしまった生者の末路はいかなるものか。

当然、生きながらにして黄泉の国に捕らわれることになる。


それを避けるため、三千村では故人に供えた陰膳と同じものを参列者全員で共食するのだと言う。陰膳とは故人を弔うためのものだけではなく、そのお下がりを食べた親しい者達の結束を強め、霊的な防御を高めるという。


陰膳を行っている間は黄泉の国のモウジャ達もなかなか手が出せない、というの思想が三千村の伝統であり、文化なのだろう。


太古の昔から食とは栄養補給のための重要な行為だが、決してそれだけではない。

同じ釜の飯を食う、という表現は共に生活し、互いに依存しあう家族や共同体、組織を指す。

そして、食事とはそれらに属する人々の絆を深め、より強固にするための儀式でもあった。


三千村を襲う怪異とそれからの防御法がさし示すのは、ヨモツヘグイと陰膳は非常に似通った性質を持ちながらも互いに対立しあう儀式だということだ。


陰膳が死者と生者の絆を強め、死者を極楽に送り出すものであることに対してヨモツヘグイはそれを行った者を黄泉の国に縛りつけ、そのルールを強要し、現世の所属を失わせるのだ。


哀れなイザナミが愛する夫イザナギとの絆を断ち切られてしまったように。


そう考えるとヨモツヘグイとは生者にとっても死者にとっても吐き気を催す邪悪であり、呪いであると結論せざるを得ないのだ。



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