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6 動揺

ハンバーガー屋で遅めの昼食を終え、再びアーケード街の通りに出た。

まだ、確信にはいたっていないが、ろくでもない事が起りそうな予感に突き動かされながら。


さっき店の中でフライドポテトをつまみながら、ふと思い立って僕は地図アプリを立ち上げた。


あの怪異、シロテブクロが夕暮れ時出現し一時間ほどの間アーケード街を徘徊しつつ通行人たちに呼びかけをするという行動パターンは把握していた。だけど、もっと詳細な周辺情報を知れば何か分かるかもと考えたのだ。


その結果――。


このアーケードから三十分ほど歩いたところに夢ノ宮市が運営する保健所があった。

ということは、あいつはそこで殺処分を受けた、どこかの飼い犬だった可能性が高い。


怪異と呼ばれる存在の定義の一つにあちら側、つまり死の世界から強烈な未練や恨みと言った執念に引きずられ、こちら側に舞い舞い戻った存在、と言うものがある。俗に言う、化けて出る、ってやつだ。


しかし、怪異によっては自分が死んでいることに無自覚であったり、その時の記憶そのものを失っていることも多々ある。当然だけれど、肉体的な死は精神にも多大なダメージを与えるからだ。


言ってしまえば記憶喪失のような状況だが、怪異の抱えた怨念まで消え失せるわけではない。

普段、表層上には表れてこなくても、それは確実に怪異そのものを蝕み、狂気に陥らせ――、やがて暴走へと至らしめる。


とにかく急がなきゃな。


ジワジワと不安と焦燥が心の中に広がってゆくのを覚えながら僕は歩き始めた。

今のところ、シロテブクロはこのアーケード街の外には出たことがないようだし、繰り返すようだが人間に危害を加える様子もない。


今のうちに、組織参加の慰霊施設でも塚森本家の童ノ宮でもいい。

何とか説き伏せて、祓い清め鎮めなれば……。


「――ッ!?」


思わず、僕は息を飲み、その場で立ち尽くしていた。

ドッと背中に冷たい汗があふれるのを感じた。


自分の見たものが信じられなかった。

否、信じたくなかった。


前方に見えるのは道路の脇に設置されたバスの停留所。

そこにはバス待ちの人が十数人ほど並んで立っており、その真ん中あたりに――キミカがいた。


あいつに気が付いたその瞬間、僕は血の気が引くのを覚えた。


キミカは一人じゃなかった。

キミカが手を引き、労わるような表情でしきりに何事かを話しかけているのは――シロテブクロだった。

後ろ足で立ち上がったゴールデンレトリーバーのような、両手に白い手袋をはめた怪異。


と、僕が凍り付いているうちにバスが到着。

人々の列がその昇降口へと動き出す。


「お、おい! ちょっと待てそのバス!」


届かないとは分かっていたが、大声をあげずにはいられなかった。

周囲の連中がギヨッとして視線を送って来るが、それには構わず僕はバスに向かって走り出していた。


間に合わなかった。

寸前のところで、バスはドアを閉め、キミカと犬型の怪異を乗せたまま走り去ってしまう。


心臓が早鐘のように打ち鳴り始めているのを感じながら、僕は思った。

あの怪異には近づくなってあれほど警告したのに。


「これだから聞き分けのない子どもは嫌いなんだよッ!」


思わずギリギリと歯噛みしながらスマホを取り出し、予め登録しておいたタクシー会社の番号を電話帳を開いて呼び出す。スマホを耳に当て、イライラしながら僕は思った。


あの馬鹿。余計な出費させやがって。

後でレイジおじさんに頼んでしっかりお灸をすえてもらわないとな!


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