「──以上が、ゲストハウスの内覧に行った感想です。ここからですと距離がありますので。パーティーというより、社員の福利厚生で使えたらいいと思います」
副社長とゲストハウスの内覧を終え、私たちは社長に報告をした。ゲストハウスを建てた会社は、九条商事と長い付き合いがある。単に見学をして終われるわけがなく、ゲストハウスの活用をどうするかが課題なのだ。
初めて入った社長室は、部屋の造りは副社長室と同じものの、空気が全然違っていて緊張感があった。
「なるほど。福利厚生といっても、宿泊施設ではないんだから、個人では使いにくいんじゃないか?」
社長の鋭い視線に、私はすっかり気圧されている。顔立ちは副社長と似ていて、年相応の色っぽさのある社長だ。とても素敵な人だけど、その立場に相応しい威厳もある人だった。
「予約制になるみたいで、使うときは一棟貸切になるでしょうね」
さすが副社長は、物怖じすることなく対等に会話をしている。親子といっても、お互い慣れ合う様子はない。
「それなら、福利厚生で使えるようにしても、あまり意味はないんじゃないのか?」
「たとえば、結婚式などの二次会やパーティーで使ったらいいと思います」
「結婚式やパーティーなんて、社員にそこまで需要があるだろうか?」
見学をしていたときから、副社長はゲストハウスの使い方で、結婚式の二次会を口にしていた。
それが純粋に感じていることなのか、元カノのことを思い浮かべながら言っているのか分からない。
どちらにしても、拘っているように見えた。
「あの辺りは、チャペルや神社が多く、結婚式を挙げるのに人気のスポットでもあります」
食い下がる副社長に、社長は検討すると答えて会議にかけられることになった。ひととおり報告を終えて社長室を出ようとしたとき、私だけ社長に呼び止められた。
「原田さん、少し話をいいかな?」
「は、はい。大丈夫です」
予想外のことに、動揺してしまう。副社長も怪訝な顔をしながら、社長室を出ていった。
社長と二人きりになり、私はデスクの前で黙って立つ。こちらから話を切り出すほうがいいのか、それとも社長から話をしてくれるのを待つのがいいのか迷っていた。
「原田さん、副社長秘書の仕事は慣れた?」
「はい。副社長がいろいろ気遣ってくださるので、毎日やりがいを感じながら仕事をしています」
「そうか。それはよかった。もしかすると、原田さんも聞いているかもしれないが……。きみが秘書になってくれて、副社長に活気が戻ってね。感謝してるよ」
それが副社長の失恋のことを言っているのだと分かり、私は恐縮して小さく首を横に振った。
「勿体ないお言葉で、こちらのほうが感謝しかありません。微力ですが、これからも副社長を支えられるよう頑張ります」
まさか、社長からもお礼を言われるとは思ってもみなかったから、驚きばかりになる。そんあ私に、社長は微笑したのだった──。
「父に、なにを言われた?」
副社長室へ戻ると、すぐに副社長が執務室から出てきた。
「秘書として頑張ってるって、お褒めの言葉をいただいたんです」
副社長が、すぐに様子を聞いてくれたのが嬉しくて、思わず表情が緩む。心配性の彼だから、気にしてくれていたのだろう。
「そうなのか。なにか、厳しいことを言われてないか心配だったんだよ」
「いえ、厳しいことはなにも。私も緊張しましたが、社長も副社長と同じく優しい方ですね」
社長は、副社長に活気が出てきたと言っていた。父親である社長から見ても、副社長は恋人と別れてからずっと落ち込んでいたのだろう。
でも、元カノが別れたことを後悔していると知ったら……? 副社長はもちろん、社長もとても嬉しいだろう。間違いなく、副社長は彼女とやり直すはずだ。
そうなったら、私の存在意義は無くなってしまうのだろうか。
「父は、誰にでも優しいわけじゃない。褒められたってことは、原田さんがそれだけ認められたってことだよ」
「そう言っていただけて、本当に光栄です」
私の存在意義は、彼の秘書であり続けることだ。そのことを、今の副社長の言葉で改めて実感した。
それ以上のことを、私が欲張ってはいけない。それに、秘書以上のことを求められてもいないのだから。
「今週は、ゲストハウスの見学もあったし、疲れただろう? なるべく早めに、退社できるようにしよう」
「はい。副社長も、お疲れ様です」
いつも私に気を遣っていて、副社長のほうこそ疲れないのだろうか。できるだけ、心配させないようにしたい──。
(ヤバイかも……)
今日で一週間が終わるというのに、ゴゴから急に身体がだるくなってきた。たぶん、熱があると思う。
だけど、それを副社長に伝えたら、また心配をかけてしまう。退社まであと少しだから、気づかれないようにしよう。
頭がクラクラして、さっきより熱が上がってきたようだ。こんなに体調を崩すのは久ぶりで、これまでの疲れが出たのかもしれない。
「原田さん、そろそろ終わりにしよう」
退社時刻になり、副社長が執務室から出てきた。ここで気づかれてはいけないから、いつもどおりの感じで立ち上がる。
「はい。今週も、お疲れ様でした」
笑みを浮かべて挨拶をしたとき、彼の顔色が変わった。
「熱、あるんじゃないのか?」
「えっ? そ、そんなことないですよ」
どうして、一目で見て分かったのだろう。副社長の鋭さに感心しながらも、彼の言葉を否定した。
「こんなときでも、遠慮するのか? 顔赤いし、ボーっとしてるじゃないか」