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第2話 社畜万歳

 実のところ退職は何度も考えた。退職届をなんとか時間を作って書いたものの、人事部からは今後のことを考えたか、今辞めてもいいのか、など言われ続け結局受理されなかった。


 そのほかの方法も考えられるのだろうがその余力がなかった。また時間かけても無駄であることはわかってたからだ。



 佐奈子は我に帰って今日もタクシーを使う羽目になった。家に帰っても実家の一軒家に一人だけ。ご飯はレンチンのお惣菜があるが……。


——佐奈子はため息をつき、駅前のタクシー乗り場に向かう。


 終電に間に合わないのは毎度のこと。もうタクシーしかないと覚悟を決める。さっきまでの走り疲れた体で、タクシーを捕まえるのも一苦労だ。


 一台のタクシーが停車した。すぐに乗り込む。


「すみません、○○町まで」


 タクシーの運転手は、黒い帽子を深くかぶり、顔をあまり見せない。


「はい、○○町ですね」


 しかし、その運転手がふと顔を上げた瞬間、佐奈子は凍りついた。


 運転手の顔が、まるで存在しないかのように真っ白な、何もない顔だった。目も鼻も口も、ただの滑らかな皮膚のような、完全にのっぺらぼうの顔。


 その異様さに、佐奈子の心臓が一気に冷たくなり、息を呑んだ。


「え……?」


 言葉が出ない。目の前の運転手は、まるで人間ではないかのように、ただ静かにハンドルを握っている。その顔からは一切の感情が読み取れず、ただ無機質な空気が漂っている。


「……あの、あの……」


 佐奈子は震える声で言うが、運転手は返事もせず、ただ車を走らせる。車内の空気が重く、視界がぼやけてきた。

「はぁ、こんな遅くまで仕事してもお金にならんですわ……人間界も困ったもんだ」

 と口は明らかにないのにぼやいているタクシーの運転手。どこからその声が出ているのかなんて考える余裕もない。


 おかしい……おかしい……おかしい……


 心の中で何度も呟きながら、必死に目を逸らすが、どうしても運転手の顔が頭から離れない。


「あ、あの、すみません! どこか他のタクシーに乗り換えてもいいですか?」


 声がうわずってしまったがタクシーの運転手はため息をついてタクシーのドアを開けてそこから佐奈子は逃げた。



 そして足はおぼつかない佐奈子。そのとき誰かにぶつかった……。



 女性だった。佐奈子のようにスーツを着ている。そして顔を押さえて痛い痛いと言う。

 佐奈子はすいません!と言うと

「ねぇ、おねえさん、わたし……綺麗かしら??????」

 とその女が顔を見せると彼女の口は裂けていた。


 佐奈子は叫んだ。

「きゃあっ!!」


 思わず後ろに飛び退く佐奈子。心臓が跳ね上がり、息ができなくなるほどの恐怖に襲われる。

「残業続きでねぇ……お化粧直しできなくて」

 目の前の女性の口が裂け、さらにその目は死んだように無表情だ。佐奈子は自分と同じだ……と共感してしまったが頭を横に振って違う違うと気を取り戻す。


「ねぇ、綺麗かしら……?」


 その言葉が、恐ろしいほど静かに、冷たい声で繰り返される。

 女性の口が裂けたまま、ただ無表情で佐奈子を見つめている。まるでその視線が、佐奈子を食い入るように見つめているようで、足元がふらつき、逃げたくても足が動かない。


「い、いえ、すみません、ええっ……!」


 佐奈子は震えながら答えるが、女性はさらに近づいてきて、細長い指を伸ばす。その指先が佐奈子の肩に触れると、冷たい感触が伝わってきた。


「なら、……もっときれいな私を見せてあげる」


 言い終わるや否や、その女性の体が一瞬で消えた。


 佐奈子はその瞬間、冷たい風が吹き抜けるのを感じ、無我夢中で走った。

「いやぁあああああああ!!」


 そして辿り着いた先、もう何もかも分からず走っていて分からなかったがマンションを見上げて気づいた。


「……なんで隆のマンションに来ちゃったの?」


 元彼の住むマンションであった……。


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