とその後に謎の男が出てきた。黒のスーツ。長身。他には数珠、やたらと大きく黒々としている。
その男はどこかでみたことがある。誰かも思い出せないくらい佐奈子の脳がバグっている。
「そこどきな、お嬢さん」
と佐奈子と作業員の一つ目の男の間に入る。
佐奈子は震える手で、男のスーツの裾を掴んだ。
「た、助けてください! その数珠、なんかすごそうだし……退治とかできるんですよね? この……この一つ目の男!」
男はちらりと佐奈子を見やり、低く優しい声で言った。
「少し、黙っていてくださいね。……大丈夫だから」
その声に、不思議と逆らえず、佐奈子は「へ……?」
と口をあけたまま固まる。
男は一歩前に出て、怯える一つ目男の肩にそっと手を置いた。まるで慰めるように。
「ご連絡、ありがとうございます」
そう言って男は内ポケットから名刺を取り出すと、まるでホストのような華麗な手つきで、すっと差し出した。
「心霊妖怪専門退職代行——金剛寺 魅夜(こんごうじ みや)と申します」
その瞬間、一つ目の男は、わぁぁんと子どものように泣き出した。
「ひどいんですぅ……! 一人で15階を何往復もしてぇ……昼休みもなくてぇ……! “人間に見つかるな”とか無茶言うしぃ……!」
「はい、不法な労働条件ですね。こちらで対応いたします。どうか、もう無理をなさらないでください」
金剛寺は優しく頷きながら、そっと小さな封筒を渡した。それには「休養証明書(妖界労働監査局発行)」と書かれている。
佐奈子は口をあんぐり開けたまま、ただ立ち尽くす。
「妖怪? ……これ、夢よね?」
彼女の頭が混乱しながらも、妙に整った字で書かれた“妖怪退職代行”の名刺だけは、やけに現実味を帯びていた。
しかし一つ目男が立ち上がった途端、立ちくらみをし倒れてしまったのだ。
「一つ目男さんっ!!!」
魅夜が抱える。
佐奈子も大丈夫ですか? と声をかけるが意識がほぼない様子。
「これはいけない……運ばなくては」
とエレベーターはもちろん壊れている。
「……お嬢さん、後ろを見ててください。五秒立つまで振り返ってはダメですよ」
「え。あっ、はい……」
と佐奈子は言われた通り振り返り、そちらをみないようにした。
「数えてくださいね……」
と優しい声。少しドキッとする佐奈子。
「は、はい……5……4……3……」
と数えてるがなんで後ろを見ていなくてはいけないのか。ふと疑問を感じた佐奈子は数を数えながらゆっくり振り向いた。
魅夜の後ろ姿。
佐奈子はふと思い出した。いつも終電ギリギリに見ていた後ろ姿。
……綺麗に整ったうなじ、まさしく彼である。
『あのいつも夜に走ってる人?!』
そしていきなりその彼の背中から大きな黒い花がバサっと出てきたのだ。そして一つ目男を抱き抱えた。
「えええっーーー!!!!」
と佐奈子がつい声を上げた瞬間、魅夜は振り返った。
「ほら、見ないでと言ったでしょうが……」
口調は穏やかだが、魅夜の両目が赤く光った。
「きゃあああああああ!!!……!!!」
佐奈子はマンションから消えた。