佐奈子は目を覚ますとどこかのソファーに寝ていた。
至って普通のどこかしらの休憩室である。
いい匂いがする……と嗅覚が働いた先に……。
「あら、起きました?」
「ええっ?!」
三つ編みの女性がカップラーメンを食べていた。
「驚くのも無理ないよね」
とふふふと笑っている。佐奈子は気づいたら小豆色の上下のスーツパンツセットを着ていた。
すると三つ編みカップラーメン啜り女こと名札にある倉原真理恵がニコッと笑った。
「ほら、目が覚めたら早く腹ごしらえして。あと30分後に戦場だよ」
とロッカーから出してきたよく市販で売られているカップラーメンを並べた。誰でもお好きにどうぞだろう。
まだ未開封だからと安心して食べられるのだろうが……。佐奈子はトマトチゲ麺を選んで近くにあったポットでお湯を入れ食べた。
「おいひい……」
おいしさに言葉もとろける。よくよく考えたら朝起きてから食べていなかった。カバンにパンを入れたのみ。
そのカバンはロッカーに入っていた。そのことにはほっとした。
「これも夢なのか……な……」
そしてロッカーの中に名札が。
「極楽市役所心霊妖怪課就職支援部退職代行係 橘川佐奈子」
と書かれた名札が。
「極楽市……うちの地域の市役所じゃん。てかなに、心霊……妖怪課……?!」
と震えが止まらない。そんな場所があるものだろうか。やはり夢なのでは。頬をつねるが痛くない。
「さて歯を磨いてらっしゃい」
「はい」
真理恵に言われるがままさっきから行動しているが見知らぬ場所で優しくしてくれる人に頼るしかない。
「あなた、魅夜に惚れてここまできたの?」
なんぞ言われて佐奈子は首を振る。確かにイケメンだったがタイプではなかったし元彼の隆とは違うタイプだ。
「んー、じゃあどうしてここへ?」
それはこちらが聞きたいと佐奈子はその言葉を飲み込んだ。
「気づいたらここに」
と素直にそう言う。
「ほぉ……魅夜がここに連れてきたのはびっくりしたけど。誰でもいいってわけじゃないのに」
魅夜……あの翼の生えた赤い目が光った男。真理恵をマジマジ見る。
佐奈子は改めて真理恵を見つめた。
三つ編みで、親しみやすい笑顔。確かに彼女からは、さっきの一つ目男のような異様な気配はしない。
「安心して、私は正真正銘の人間だから……」
真理恵はそう言いながらカップラーメンをすすり、あっという間に食べ終えた。
「あの真理恵さんは、どうしてここに?」
真理恵はふっと笑っただけで、
「もう昼休憩は終わり」
と話をはぐらかした。
食べ終えた容器を片付けると、真理恵はすっと立ち上がる。
「さ、行きましょうか」
佐奈子は流されるままについていく。
ふと振り返ると、さっきまでいた休憩室は”女子更衣室”と書かれていた。
普通の世界と何ら変わりない。地味なロッカーが並び、薄いピンク色のプレートがかかっているだけ。
それでも、どこか”違う”という違和感が胸の奥に居座っていた。
(他に何人かいるのかしら)
そこから少し歩くと見覚えのある、市役所のロビーに着いた。
極楽市役所。地元の市役所だ。子供の頃からお世話になっているところだ。
土曜日だから職員も当番のみしかおらず土曜日に手続きにしに来た人がちらほら。
真理恵はロビーを一瞥しただけで足を止めない。
まっすぐエレベーターに向かい、佐奈子も乗り込む。そして真理恵は適当にボタンを押した。いや適当でない、そうに見えて何か手慣れた様子だ。
そして押し終えた後エレベーターは変な動きをする。
「きゃっ!」
ぐぐっと軋むような音がして、明らかに普通ではない加速と減速を繰り返す。
「え、これ、大丈夫……?」
佐奈子が不安になる間もなく、エレベーターは唐突に止まった。真理恵はケロッとしてる。
扉が開く。
そこに広がっていたのは――
土曜日のはずなのに霊と妖怪がごった返す、異様な世界だった。
狐の耳を持つ女性、資料を抱えた透明な男、タコのような手をもつ老人……。
人間のように見える者もいれば、一目で人間ではないとわかる者もいる。
真理恵は振り返り、ニッコリ笑った。
「ここが、あなたがこれから働く場所よ」