他の課と同じように、オープンスペースの受付だけで仕切られたフロアだった。
「研修もなく、いきなり実践から入るが……まず、このフロアには普通の人間は職員以外入れない。もちろん私も人間……と言っても……」
魅夜は笑ったが、赤い目とあの大きな翼を思い出した佐奈子は、(絶対違うじゃん……)と心の中でツッコんだ。
「我々は市から特別に依頼された課であり、一般市民はここが存在することすら知らない。実は全国各地、各都道府県にも存在している。皆さんが知らないだけだ」
魅夜は淡々と続けるが、もちろん佐奈子も聞いたことなどない。
「かの昔、一般の公務員では対処できなかった案件に対応するため、閻魔様の権力で配置されたのが、我々だ。ここには妖怪、霊しか入れない。つまり――あなたも死んだらここに来る可能性がある」
「へっ?! 死んだ本人が、ですか?!」
佐奈子は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「まあ、うまくたどり着ければ、の話だが……。来られない者は、地縛霊になったり、憑依したり、現世を彷徨ったりする。それらを適正に捕獲するのも、我々の課の役目だ」
あり得ない話の連続に、佐奈子の脳は混乱の極みに達していた。
「まあ、とりあえず今は、ここの就職支援係の仕事だけ考えましょう。混乱しているようですし」
「ええ、混乱してるわよ!」
「では、まず……チュートリアルから始めましょう」
魅夜は一つの受付カウンターに佐奈子を案内した。そこに座っていたのは、佐奈子と同じくらいの年齢の女性だった。
「彼女は2年先輩。さて、彼女が今対応しているのは――」
対応していたのは、例の、のっぺらぼうのタクシー運転手だった。
「お嬢さん……」
彼はまた、どこか切なげに声をかけた。
魅夜が佐奈子に一枚のボードを渡す。そこには彼の個人情報がまとめられていた。
「5年前、交通事故で死亡。顔が潰れたことで怨念を抱き、のっぺらぼうとして転生。その後、死因に関わった男に復讐し、殺害……」
「そんなことを?!」
佐奈子はのっぺらぼうを見た。彼は深く頭を下げた。
「これはあくまで過去の情報。彼はすでに閻魔様の裁きを受け、更生の道を選んでいる」
「だからなに……閻魔大王様って……」
知らない単語が次々に飛び出し、佐奈子の理解は追いつかない。魅夜は頭を抱えた。
「魅夜さん、いくら人材不足とはいえ、研修もろくにせず現場に出すのは、外来の方にも失礼です」
受付の女性が眉をひそめながら言った。そう言う彼女に魅夜は耳元で何かを囁くと彼女は顔を赤らめた。何が起きた?! と佐奈子。
「わ、わかりましたわ。でもまず彼にチュートリアルをしていいかどうか聞かなくてはいけません」
のっぺらぼうは
「チュートリアル?!」
と驚いている。
魅夜は
「申し訳ないです、こちらの新人のためにチュートリアル対象としてこの案件を進めていきたいです。少々お時間をいただきますがその代わりにお手当もおつけいたしますので」
と腰を低めに話しかける。
お手当と聞いたのっぺらぼうは首を傾げなんとなく嬉しそうなウキウキとした動きをする。
「そ、それなら……こんな私でもよければー」
と。
「じゃあチュートリアルを始めよう」
魅夜は表情を変えた。佐奈子は姿勢を正した。
妖怪の退職代行……どんなふうにするのか。しかしなぜ妖怪が人間界で働いているのか、それがまず気になる佐奈子であった。