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第13話 初日終了

十六時のチャイムと共に最後の対応は終わった。

まだまだ彷徨っている霊や妖怪たちはいるが閉められていくシャッター。


「……ふぅ、今日も終わった……佐奈子くん、どうだっかい?」


とラフに聞く魅夜。しかしそんなふうに聞かれても必死に初めての業務でヘトヘトで机に突っ伏していた佐奈子。


「もう勘弁してください……」


「前の仕事とはどうかい、ちがうかな」


「職種がまず違いますし比較できませんー」


佐奈子は答えるだけでも精一杯。


「とりあえずお疲れ様。もう帰れますから」


「えっ、残業は?」


「基本ありません。さて早く帰りましょう」


残業がなく、しかもまだ18時前の外もまだ明るいうちに帰れる! そんなことはなかった佐奈子は大喜びである。


「もう終電のために走ることはない……」


「そうだな」


「でもせっかく走る力ついたのに……」


佐奈子は普段とは違う日常にどう過ごしていいかわからないようだ。


「お疲れ様です」


真理恵が後ろからやってきた。彼女は余裕たっぷりの表情。


「お疲れ様です! おひるはどうも……」


「新人さん、しっかり腹ごしらえした甲斐はあったかしら」


真理恵はニコリと微笑む。


「係は違うが真理恵くんを頼るがいい。年も同じくらいだろう」


魅夜が真理恵の肩を叩く。


「なんでも聞いてちょうだい、前その係にいたし。慣れればどうってことないわ」


佐奈子は頷いた。今までのブラック企業でもなんとか耐え抜いた。ここもなんとかなる。

残業も無い、早く帰れる。


ふと思ったことが。


「私の退職もああやってやったんだなーと思うと……なんで今まで頼まなかったんだろうって思いました」


佐奈子のその言葉に魅夜も真理恵も頷く。


「みんなさ、抱え込みすぎなんだよな」


魅夜は書類を整えながら、これまで数えきれない“限界”を見てきた者の説得力がある。


「辞めるって口にしただけで、“根性なし”だの“逃げだ”のって言われる。でもさ……ほんとのところは、“その先”が見えないだけなんだ」


佐奈子は黙ってうなずく。

自分にも思い当たる。辞めたらどうなるかが怖くて、ただ耐えていた日々。


「今のままの方が安心できる。しんどくても、“まだ大丈夫”って自分に言い聞かせる。でも……」


魅夜は続けた。


「その“まだ大丈夫”が、一番危ないんだ。身体も心も削れていって、気づいたときにはもう遅い。壊れるのは自分だけじゃない。周りも巻き込むことになる」


彼の目は、真っ直ぐだった。

責めるのではなく、ただ現実を見据える眼差し。


「……それは、人間も妖怪も霊も、同じだよ」


窓の外、夕焼けに染まる空。久しぶりに見る佐奈子はほろっと涙が出る。


「立場も、種族も関係ない。みんな自分を守ろうとしてる。でも、“ここで踏ん張らなきゃ”って無理しすぎて、最後には姿も心も変わってしまう」


佐奈子は、今日目にした“元は普通だったはずの存在たち”を思い出した。


「だから俺たちがいる。ちゃんと終わらせて、次に進ませるために。――それが退職代行の仕事だ」


静かな口調だけど、そこにはしっかりとした信念があった。


佐奈子は言葉もなく、魅夜の横顔を見つめていた。

この人は、ただの変わり者なんかじゃない。

きっと、何度も“壊れる前の誰か”を助けてきたんだ。


「あ、私は今は退職代行係じゃないですけどねー。魅夜さんには係り変わってもお世話になってます」


くったくない笑顔で笑う真理恵。魅夜は鼻で笑う。


三人でエレベーターに乗る。例の如く乗り込んで魅夜はエレベーターのボタンをランダムに叩き込む。

そこで佐奈子は非現実世界だと言うことを思い出す。


「これ、着いたら……普通に市役所?」


佐奈子は聞く。


「ああ、そうさ」


それを聞いて佐奈子は冷や汗をかいた。


「土曜日だし知り合いに会うこともそうないさ」


と魅夜は言うが佐奈子の様子が違う。


そしてエレベーターは止まり扉が開く。降り立つが佐奈子はすぐに魅夜の後ろに隠れた。


するとそこに1人の職員が。土曜日のため登板出勤しているようで他にも数名いる。


「お疲れ様です」


そう三人に声をかけてきた。


「お疲れ様です」


魅夜はそう声をかける。真理恵は後ろに隠れる佐奈子に


「この人たちは私たちのこと普通に職員と思ってますから大丈夫ですよ」


と言うが佐奈子は必死に隠れる。


「……あの人、元彼なんです」


そう、先ほど声をかけてきたのは佐奈子の元彼、隆だ。


隆はここの市役所職員なのだ。

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