静寂に包まれていた宮殿が、ゆっくりと朝の気配に目覚める。金の刺繍の入った豪華なカーテンから差し込む朝日が、鮮やかな真紅のじゅうたんにゆらゆらと影を落とした。
私は昨日の疲れを感じながらゆっくりと天蓋のついたベッドから起き上がると、簡素なドレスに着替え、猫のムータを抱きながら応接間に行った。
「おはよう、みんな」
王族が食事を取る長いテーブルには、レオ兄様とアビゲイル義姉様、モそしてアオイとヒイロが食事をとっていた。
「おはようございます、お姉さま」
にこやかな笑顔で立ち上がるアオイ。
私は昨日のことを思い出しつつも笑顔を作って手を挙げた。
「アオイ、ヒイロ、おはよう」
声をかけたにもかかわらず、ヒイロは黙々とパンを食べている。なんて奴だ。こちとら一国の姫なんだけど?
私はじっと二人を見つめた。昨日のドレスとはうって変わり、二人ともシンプルな黒いワンピースを着ている。化粧はほとんどしていないが、それでも目鼻立ちが整っているのが分かる。美形な姉妹だなと思う。
「あの……アオイ、そのお姉さまってのだけどさ」
「はい、なんでしょう?」
私が切り出すと、アオイはニコニコと返事をする。どうやら昨日の出来事はそんなに引きずってないらしい。
「アオイには本当のお姉ちゃんがいるじゃない。それに、アオイって今いくつだ?」
「十八ですけど?」
にこやかに答えるアオイ。私より二歳も年上じゃないか!
「私よりも年上なのに、お姉さまでいいの?」
「いいんです。お姉さまとは概念的なものなのです♪」
なぜか嬉しそうなアオイ。
よく分からないが、アオイがいいのならそれでいいのだろうか。よく分からない。
ヒイロは黙ってそっぽを向く。
「お姉さまおはよう~」
モアも寝ぼけ眼をこすりながらやってくる。
「モア♡」
あーっ、モアは今日も可愛い。なんか前髪に変な寝癖がついてるけど、そんなちょっとヌケてるところも最高だ!!
モアは笑顔でトテトテと歩いてくると、俺が抱いているムータに目を止め首を傾げた。
「あれ? ムータくん、どうしたの? きれいなお姉さん、好きでしょ?」
見るとムータは毛を逆立ててフー!と姉妹を威嚇している。
どうしたんだろう? 昨日はあんなに私の胸にスリスリして機嫌が良かったじゃないか。
私は姉妹の方をじっと見た。ま、まさか!
「まさか、胸が小さいから気に入らないの?」
「お、お姉さま!」
思わず口に出てしまったその言葉に、モアが慌てる。あ、少し失礼だったか?
姉妹の方を見ると、ヒイロが肉を串刺しにしたフォークを手にブルブル震えている。
「ね、姉さん?」
アオイがヒイロの顔を恐る恐るのぞき込む。ガシャン、と大きな音を立て、フォークがテーブルに置かれる。ヒイロは鬼でも両手を上げて逃げ出しそうな形相でこちらを見据えた。
「だれが貧乳だって?」
「ヒッ!」
あまりの形相に、モアが私の腕にすがりつく。ムータも部屋の外へと逃げてしまった。
「ね、姉さん落ち着い……」
「私は落ち着いている!」
オロオロするアオイを睨みつけるヒイロ。ど、どこが落ち着いてるの?
「そもそも、胸なんてのはただの脂肪だし? そんなもので人の魅力は計れないっていうか?」
「そ、そうですよねー」
「う、うん。そうそう」
アオイとモアまでフォローに回る。私も慌ててこう言った。
「そうだよな、乳なんて邪魔なだけだよね。私も何も無いまな板に生まれたかったわ」
「お、お姉さま!」
今度はモアが俺の腕を引っ張る。
ん? 私、何か失言したかな。
あ、そっか。
私はじっとヒイロの胸を見た。
「……あ、そっか、何も無いは言い過ぎだね。有るか無いか分からないほど微かだけど有るんだし。大丈夫よ、ヒイロさん。胸なんて女の子の価値には何の関係もないのだから」
私がしどろもどろになりながら、フォローになってないフォローをしていると、ヒイロが、おもむろに立ち上がった。
「……殺す!」
ひぃ、怖いよぉ!
だがノックの音と共に入ってきた爺やの一言により、場は静まり返る。
「陛下、大変です。昨日捉えた賊が、奥歯に仕込んでいたと思われる毒を飲んで自害いたしました!」
「何だって?」
昨日の賊が……自殺!?