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第25話

 翌日。

 その日一日を何事もないかのように過ごした私は、深夜になるとこっそりベッドを抜け出した。


「でやっ」


 突きを思いっきり床に叩き込む。

 ドコン、という音とともに部屋の壁に開く大きな穴。


 一日かけてこっそり支度した旅の荷物をリュックに詰め、部屋を抜け出す。


 前回無断で城を出て以来、城の警備は強化され、特に私の部屋のドアの前も窓の周囲も、昼夜問わず監視兵が控えている。


 しかし、ドアからも窓からも出ていけない、壁を突き破っていけばいい。


「次はこの壁だね」


 またしても壁に突きを放つ。轟音とともに、人ひとり通れるほどの穴が開く。この方角の警備が手薄なことも。すでに調査済。


「さてと」


 最後にモアにお別れでも言いに行こうか。――いや、駄目だ。そんな事をしたら折角冒険に行くと決めた決心が揺らいでしまう。


 すると、こちらへ駆けつけてくる足音が聞こえた。

 警備兵だ。少し物音を立てすぎたのだ。深夜の突然の轟音。そりゃ何事かと思うよね。


「やばっ」


 私は城壁を同じように一突きで壊すと、城の外に出た。


 吹き渡る夜風。今夜は満月だ。遠くで城の明かりがつき、大騒ぎになっている叫び声が聞こえてくる。


「くくく、やったね、脱出成功!」


 あらかじめ用意していた馬を走らせ、城を抜け森に出る。


 森の中を少し走ると小高い丘に出る。そこで馬を止めると、私はさく見える城を見下ろした。


 可愛い妹。美味しい食事、豪華な生活。不満はなかった。でも、私は自分が本当にやりたいことをしてみたい。



 周りが反対するから、


 一緒に来てくれる人がいないから、


 女の子だから。



 色々な理由で夢を諦めてきたけど、そんなのは全部言い訳に過ぎなかったんだ。


 ただ、自分が行動しなかっただけ。出ようと思えば、こんなに簡単に城を出られたのに。ただ言い訳をつけて、自分に甘えていただけなのだ。


 モアと離れてしまうのは残念だけど、私はやっぱり冒険者になりたい! 勇者になりたいんだ。


 でなければ、何のために生まれ変わったのか。


 だから――ばいばい! ぬくぬくとした城での暮らし!



 私しんみりとしながら城に別れを告げていると、ふいにこんな声が聞こえてきた。


「お姉さまー!」


 え? モア? モアの声??


「ふっ、幻聴かな。いくらモアが恋しいからって」


「お姉さまー、お姉さまー!」


 いや、幻聴じゃない! モアの声と同時に、馬の蹄の音がリズミカルにこちらに近づいてくる。 


 月明かりに照らされた丘。そこには地味なローブに身を包み、馬に乗るモアの姿があった。


「モ、モア!? どうしてここに」


「お姉さまの部屋の警備が厳しくなってから、逆にモアの部屋の警備は手薄になったんだよ! 念のため、反対の方角に爆発魔法をしかけて轟音を発生させたから、しばらく追っ手はこないはずだし!」


 にっこりと笑うモア。


「そうじゃなくて!」


 詰め寄る私に、モアはにっこりと笑った。


「お姉さまに夢があるように、モアにも夢があるの!」


「……夢?」


「お姉さまの側にいて、最強の勇者になるところを見届けることだよ!」


 月明かりに照らされる、モアの決意に満ちた顔。私はゆっくりとうなずいた。


「うん、見せてあげる!」


 私はモアの頭をクシャリと撫でた。

 きっとできる。二人でなら!


 月が笑う。遠くでフクロウが鳴く。私たちは、隣国へと続く道を、馬車でゆっくりと走り出した。


 こうして私たちは、最強の姫にして勇者になるため、旅に出たのだった。



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