翌日。
その日一日を何事もないかのように過ごした私は、深夜になるとこっそりベッドを抜け出した。
「でやっ」
突きを思いっきり床に叩き込む。
ドコン、という音とともに部屋の壁に開く大きな穴。
一日かけてこっそり支度した旅の荷物をリュックに詰め、部屋を抜け出す。
前回無断で城を出て以来、城の警備は強化され、特に私の部屋のドアの前も窓の周囲も、昼夜問わず監視兵が控えている。
しかし、ドアからも窓からも出ていけない、壁を突き破っていけばいい。
「次はこの壁だね」
またしても壁に突きを放つ。轟音とともに、人ひとり通れるほどの穴が開く。この方角の警備が手薄なことも。すでに調査済。
「さてと」
最後にモアにお別れでも言いに行こうか。――いや、駄目だ。そんな事をしたら折角冒険に行くと決めた決心が揺らいでしまう。
すると、こちらへ駆けつけてくる足音が聞こえた。
警備兵だ。少し物音を立てすぎたのだ。深夜の突然の轟音。そりゃ何事かと思うよね。
「やばっ」
私は城壁を同じように一突きで壊すと、城の外に出た。
吹き渡る夜風。今夜は満月だ。遠くで城の明かりがつき、大騒ぎになっている叫び声が聞こえてくる。
「くくく、やったね、脱出成功!」
あらかじめ用意していた馬を走らせ、城を抜け森に出る。
森の中を少し走ると小高い丘に出る。そこで馬を止めると、私はさく見える城を見下ろした。
可愛い妹。美味しい食事、豪華な生活。不満はなかった。でも、私は自分が本当にやりたいことをしてみたい。
周りが反対するから、
一緒に来てくれる人がいないから、
女の子だから。
色々な理由で夢を諦めてきたけど、そんなのは全部言い訳に過ぎなかったんだ。
ただ、自分が行動しなかっただけ。出ようと思えば、こんなに簡単に城を出られたのに。ただ言い訳をつけて、自分に甘えていただけなのだ。
モアと離れてしまうのは残念だけど、私はやっぱり冒険者になりたい! 勇者になりたいんだ。
でなければ、何のために生まれ変わったのか。
だから――ばいばい! ぬくぬくとした城での暮らし!
私しんみりとしながら城に別れを告げていると、ふいにこんな声が聞こえてきた。
「お姉さまー!」
え? モア? モアの声??
「ふっ、幻聴かな。いくらモアが恋しいからって」
「お姉さまー、お姉さまー!」
いや、幻聴じゃない! モアの声と同時に、馬の蹄の音がリズミカルにこちらに近づいてくる。
月明かりに照らされた丘。そこには地味なローブに身を包み、馬に乗るモアの姿があった。
「モ、モア!? どうしてここに」
「お姉さまの部屋の警備が厳しくなってから、逆にモアの部屋の警備は手薄になったんだよ! 念のため、反対の方角に爆発魔法をしかけて轟音を発生させたから、しばらく追っ手はこないはずだし!」
にっこりと笑うモア。
「そうじゃなくて!」
詰め寄る私に、モアはにっこりと笑った。
「お姉さまに夢があるように、モアにも夢があるの!」
「……夢?」
「お姉さまの側にいて、最強の勇者になるところを見届けることだよ!」
月明かりに照らされる、モアの決意に満ちた顔。私はゆっくりとうなずいた。
「うん、見せてあげる!」
私はモアの頭をクシャリと撫でた。
きっとできる。二人でなら!
月が笑う。遠くでフクロウが鳴く。私たちは、隣国へと続く道を、馬車でゆっくりと走り出した。
こうして私たちは、最強の姫にして勇者になるため、旅に出たのだった。