翌朝、次のクエストがあるというアオイとヒイロの二人は褒美の馬車と報奨金を貰い城から出発することになった。
ヒイロが高笑いをしながら言う。
「ミア姫、アオイにフラれちゃって残念ね」
いやいや、何で私がフラれちゃったみたいになってるの?
そりゃアオイは可愛いけど……男の子なんだもんなあ。
いくら女の子に生まれ変わったとはいえ、男の子と恋愛するのはちょっと抵抗あるもんね。
「はは……そうだね」
私があきれていると、モアがぷうっとむくれる。
「いいんだもん! お姉さまにはモアがいるんだもん!」
私に思い切り抱きついて来るモア。
うーん、柔らかくていい匂い!
やっぱり女の子は……モアは最高だ♡
「ヒイロこそ、いくら可愛いからってお姉さまを狙わないでよね!」
モアが私にしがみつきながらヒイロをじとっとした目で睨む。
ヒイロはフンと鼻で笑った。
「何言ってるんだ! アオイ以上に可愛い子なんているわけないだろ!」
もう……このブラコンが!
「ヒイロ、準備はできましたか~!」
そこへアオイがニコニコしながら駆けてくる。
「ああ、もういいぞ」
どうやら二人はもう行ってしまうらしい。
アオイとヒイロは馬車に乗りこんで手を振る。
「さようなら! お姉さま。モアちゃん!」
「短い間だけど、楽しかったよ」
「ああ、またな」
「バイバイ!」
私たちが手を振り返すと、アオイは窓から顔を出た。
「そうだ、お姉さまにはこれを。私の愛読書なんです」
アオイが私に手渡してきたのは、一冊の本だった。表紙には『女勇者・オルドローザの冒険』とある。
「お姉さまとはここでお別れですが、この本を私たちだと思って、大事にしてくださいね!」
にこりと微笑むアオイ。うー、こんなかわいい子が男だなんて勿体ない!
それにしても……私はずっと気になっていたことをアオイの耳元で囁いた。
「お前、兄さんが好きって話、あれは嘘だろ」
「当り前じゃないですか」
急に真顔になるアオイ。やっぱり!!
「でもそう言わないと、皆さん納得しないので」
「じゃあ、本当は」
アオイは肩をすくめた。
「私、今まで誰かを好きになったことって無いんです。別に色恋沙汰に興味がないというわけではないんですが、何というか、ピンとこなくて」
「そうなのか」
でも、なんとなくアオイの言いたいことも分かる気がする。
私も男と恋に落ちるなんて想像できないし、かといって女の体なのに女と結ばれるのも、なんか違うって思うし。
いつか本当に好きな人ができれば、そんなのは関係ないって思えるのかもしれないけど……。
「そうだよな! 恋愛至上主義なんてクソくらえだ! 恋人なんか居なくたって冒険してりゃ楽しいしな!」
そう言うとアオイはくすりと笑った。
そして『女勇者・オルドローザの冒険』の表紙をゆっくりと撫でると、手を振り馬車に戻っていく。
「じゃあ、そういうわけなので。それでは、またどこかでお会いしましょう。さようなら!」
***
私はその夜、一人部屋でアオイにもらった『オルドローザの冒険』を読んだ。
オルドローザはたぐいまれなる美貌の美少女でありながら、同時に男勝りの女傑で、その美貌と竹を割ったような性格で、男からも女からも愛されていたらしい。
「なんだかオルドローザ様ってお姉さまみたいね!」
モアが俺の布団に潜り込みながら言う。
眠そうな瞳。クシャクシャした髪と、純白のネグリジェが超可愛い。世の中にこんな天使が居ていいのか。
「そうかな?」
「ええ。きっとオルドローザ様の生まれ変わりよ!」
なるほど、それでアオイは、私に興味を持ったに違いない。
横を見ると、モアはすでに俺の布団の中ですやすやと寝息を立てている。
「全く」
呟いて本を閉じた拍子に、ひらりと一枚の手紙とカードが本から滑り落ちた。どうやら本に挟まっていたらしい。
私は手紙を読んでみた。
『親愛なるお姉さまへ
このお話は、私の故郷フェリルの建国の母にして女傑であったオルドローザについて書かれたお話です。
私は小さいころこのお話に憧れ、将来はオルドローザのような美少女戦士になりたいと思いました。
周りはそれを聞いてなれっこないって笑いましたが、今では立派な女の子の姿をした冒険者になりました。
ただの男の子でも必死に願い努力すれば戦う美少女になれるのです。どうかお姉さまも信じた道を進み、なりたい自分になれますように。 アオイ』
私はシーツの上に落ちたカードを拾い上げた。
『冒険者の集う宿・始まりの酒場ロゼ』
茶色くくすんだそのカードには、そう書かれていた。裏には酒場までの道を記した地図まである。
私はそのカードをじっと見つめると、ある決心を決めた。