「いやーーん! 依頼を受けた冒険者の名前を聞いてからまさかと思っていたけど、やっぱりあなただったのね、お姉さま!」
ガバリと私に抱きついてくるマロン。
それを見たモアは頬をぷうっと膨らませた。
「あーっ、ずーるーい!」
グイグイと柔らかな体を押し付けてくるマロン。な、何だかバラの花みたいな良い香りがする。
「マロン、今日コロン付けてる?」
「うふふ、そうなの。今日はお姉さまが来るかもしれないと思って特別にコロンをつけてきたの」
私は体を離したマロンをまじまじと見た。コロンの香りだけじゃない。何だか今日は雰囲気が違う。
この前は質素な茶色の服だったのに、今日は薔薇の花をあしらった豪華なワンピースを着ているし、髪にもリボンを飾っている。化粧もちょっと濃いめに感じる。
私としては前までの素朴な感じのほうが好みだったのだけれど、一体どういう風の吹き回しだろう?
「ささ、早く上がって? 一緒にお茶でも飲みながらお話ししましょうね」
マロンは頬を赤らめ目をぼうっと潤ませているし、モアは頬を膨らませてご機嫌斜めだし。はあ、何だか厄介そうだ。
「うふふ、お姉さま、ずっとここにいていいのよ。私がずーっとお世話してあげるわ。私、お姉さまのためなら何でもしてあげるし、いくらでも尽くしてあげるわ♡」
恍惚の表情を浮かべるマロン。
私とモアがあっけに取られていると、背後から聞きなれた声が降ってきた。
「なんだ、マロンが雇った冒険者ってアンタらだったのか」
振り向くとそこには、オレンジのツンツン髪、少しつり目の生意気そうな顔。腰にはトレードマークの大剣を持った少年がいた。ゼットだ。
「ゼットもいたの」
私が声をかけるとゼットはフンと胸を張った。
「あったりめーだ! 俺はマロンの婚約者なんだぞ!?」
誇らしげなゼットだったが、それを聞いたマロンはキッとゼットを睨みつけた。
「まあ、いやだ。気にしないでお姉さま。そんなのは子供の頃に親同士が勝手に決めただけの口約束なんだから」
それを聞くと今度はゼットが拗ねたように口を尖らせる。
「そんな言い方ってないじゃねーかよ」
「だってそうじゃない」
ぷい、とそっぽを向くマロン。
「まあまあ。ところで、モンスターが出るってのはどこなの?」
「そりゃあもう、屋敷中に出るのよ。ささ、今案内するから」
マロンが私の手を握る。その瞬間、モアとゼットの眉間に皺が寄る。もー! なんなんだよ!この空気!
るんるんと私の手を引くマロン。後ろから着いてきたモアとゼットがなにやらヒソヒソ話している。
こら! ゼットの奴、モアとあんまり仲良くするんじゃない!
私はこっそりと2人の会話に聞き耳を立てた。
「で、そこでゼットがいい所を見せてやれば」
「なるほど! マロンも俺のことを見直すって訳だな!?」
もしかすると……もしかしないでも、何かヘンな作戦立ててる?
とりあえず恋愛感情がある風ではなさそうだな。どちらかというと、モアはゼットの恋路に協力してるみたいだ。
それでも私としてはやはり心配だ。
だってよく少女漫画で利害の一致した恋のライバル同士がくっついたりとかあるじゃん?
ああいうのになったらどうしよう!
モアに限ってはそんなことないと思うけど……。
まあ、ゼットからしてもモアは若すぎるだろうしな。あいつが好きなのはマロンみたいにムチムチして柔らかそうな発育の良いタイプだろうし……うんうん。
でもまてよ。でもモアはまだ十三歳なのにもう既に手のひらサイズ位の胸はあるし、私も母さんも巨乳だから、それがもし遺伝するのであれば、将来的にはムチムチのロリ巨乳に育ってしまう恐れも!
モア! 恐ろしい子!
そんなことを考えていると、いきなり物陰からモンスターが現れた。
「キャッ!」
「うわ!」
私の腕にしがみついてくるマロン。
現れたのはウサギの頭に角が生えたような一角ウサギというモンスターだ。一角ウサギは私とマロンを見ると怒り狂ったように飛びかかってきた。
「ほら、今がチャンス!」
ゼットの背中を押すモア。何やってんだ。
「お、おう」
ゼットは意気揚々と剣を構えた。
「でやあーっ!」
剣を振り下ろし、一角ウサギの首をはねるゼット。
「怪我はないか!?」
しかし、それを見たマロンは肩を震わせた。
「ゼ、ゼット、あなた何してるのよ!」
「へ?」
怒り狂うマロン。
「あんなに可愛いウサギちゃんを殺すなんて!」
怒りを向けられたゼットは戸惑うばかりだ。
「だ、だって、マロンだってあんなに驚いてたじゃねーか! それにこいつはモンスターだし、害獣だし」
「だからって首をはねるなんて! これだから野蛮な男の人は嫌なのよ」
マロンに叱られ、がっくりと肩を落とすゼット。
「はあ。女心は良くわかんねーぜ」
奇遇だな、私もだよ。
私は心の中でゼットに同情した。
女として十六年生きてきたが、女心というのは未だにわからない。不思議なものだ!