そして薔薇祭りが始まり、私たちは皆で繁華街に繰り出した。
街には至る所に薔薇が飾られており、屋台やら歌い踊る人やらで活気に満ち溢れている。
「オルドローザの言うことにゃ~」
また例の歌だ。初めは良く聞き取れなかったが、白い龍がどうのとか、勇者がどうのとか聞こえる気がする。あとでちゃんと調べてみないと。
「あー、串焼き食べたい!」
「ベーコンポテトも美味しそう!」
はしゃぐモアとマロン。
私たちは屋台でたらふく料理を食べたあと、町の中心部にある広場へと向かった。
かがり火が赤々と燃え、軒先の鏡に反射する。ギターを引くおじさん、歌うおばさんに、花を頭に飾り踊る町娘たち。なんだか私もワクワクしてきた。
「お姉さま、踊りましょう!」
モアが笑いかけてくる。
「いいけど、こういうのは男女がペアになって踊るんじゃないの?」
私が言うと、視線がゼットに集まる。
そういえばこの中で男の恰好をしているのはゼットだけだ。
「ハッ、よく考えたら俺、ハーレムじゃないか。しかもみんな美人だし」
嬉しそうな顔をするゼット。私は呟いた。
「誰一人としてお前のこと好きじゃないけどな」
「お前、そんな悲しいこと言うなよ」
それに一応アオイは男の子だしな。
私たちがそんなやり取りをしていると、後ろから声をかけられる。
「あら? あなたたちは確か冒険者の」
「事件解決おめでとう! 随分活躍したみたいじゃない!」
声をかけてきたのは、冒険者協会のエルさんとロゼのアザミさんだ。
二人とも白と黒の伝統衣装を身に纏っていて可愛らしい。
そう言えば、二人は同じ魔法学校だったとか言ってたっけ。
「ありがとうございます」
私たちが頭を下げると、エルさんが踊りの輪を指さす。
「踊らないの?」
私は苦笑しながら答えた。
「うーん、どうしようかな。ほら、私たち女の子ばっかりだし」
私の返答に、アザミさんはクスリと笑った。
「まあまあ、男の子とか女の子とか、そんなのどうでもいいじゃないの。こういうのは適当に楽しめばいいのよ」
そう言って、アザミさんはエルさんの手を取り、腰に手を回してクルクルと踊り出す。
「あなたたちも、楽しんだ方がいいわよ!」
そんな風に笑う二人は何だかとっても可愛らしかった。
それを見て、とりあえず私たちも適当に踊ることにした。
「そうよね。女の子同士のほうが暑苦しく無くていいし。だからお姉さま、私と踊りましょう♡」
「駄目―っ! お姉さまはモアと踊るの!」
「お姉さま、私とも♡」
男の子であるゼットそっちのけで私に群がってくる女子たち。
仕方ないので、私は順番に女性陣と踊ってやった。
「……ちぇ、みんなミアがいいんだから」
落ち込むゼットに、ヒイロが言う。
「私は別に、ミアは何とも思わない」
「おおっ! じゃあ、俺と踊ってくれるか!?」
食いつくゼット。しかしヒイロは冷たく言い放った。
「踊りは嫌いだ」
見かねたアオイがゼットの前に立ち笑顔で手を差し出す。
「では、次は私と踊ってくださいませんか?」
「あ……ああ。はい」
ゼットは照れたように赤くなり、アオイの手を取る。
アオイが男だとも知らずに……。
「あれ?」
ゼットの手を握ったアオイが首をかしげる。
「へっ!?」
「ここ、怪我してますね」
見るとゼットの手の甲にひっかき傷のようなものがある。
「ああ、昨日シスターと戦ったときに……」
「では、治療しておきますね」
アオイの手が、ゼットの手のひらを包み込む。白い光が沸き上がり、ゼットの傷は見る見るうちに治癒していった。
「さ……サンキュ」
始終ぽーっとした顔でアオイと踊るゼット。おいおい、大丈夫か? と思ったが、案の定、踊り終わると、ゼットは真っ赤な顔をして俺のところにやってきた。
「……決めたぜ。マロンのことはお前に譲る」
「へっ?」
その唐突な申し出に俺は戸惑う。そしてゼットはこぶしを握るとこう宣言した。
「俺はアオイちゃんを幸せにすると決めたぞ!!」
……えーと??
「アオイちゃん……なんておしとやかで美人で気が利くんだ。おまけにスタイルもいいし、近づくとすごくいい匂いがした……」
恍惚とした顔でアオイのことを語るゼット。
どうしよう。アオイは男なんだと教えるべきか? すると、ヒイロが急に手招きした。
「アオイが男の子だってことは黙ってこのままにしておこう」
嬉しそうに笑うヒイロ。
「えーっ? でも」
「いいじゃない。このままにしておいた方が面白い」
面白い?
私はデレデレと鼻の下を伸ばすゼットの顔を見た。
……まあ、確かに面白そうだな。
「分かった、内緒にする」
するとモアが私のことを呼ぶ。
「お姉さま―、次モアとー!」
「はいはい!」
とりあえずゼットよりモアだ! 私はモアのもとへと走った。
すると、急にモアが空を見上げてキョロキョロしだした。
「どうした? モア」
「今何か」
モアは空を見上げた。冷たい風が森の木を揺らす。
「今何か.……笛の音が聞こえたような……」
雲行きが怪しくなってきた。ポツポツと雨がちらついてきたのだ。
こうして私たちは薔薇祭りを堪能し、マロンの別荘に戻ったのだった。