その夜、私は薔薇祭りで騒ぎ疲れたため早々にベッドに入った。
窓の外には雨音が響いていて、その心地よいリズムにすぐに眠りへと落ちる。
私が眠りについてからしばらくして、隣にいたモアが突然起きた。
私はそれに薄々気づいていたんだけど、トイレに行ったか水でも飲みに行ったのだとあまり気にしていなかった。
だが、朝起きるとベッドにモアの姿はなかった。
「モア?」
私は辺りを見回した。
先に起きてご飯でも食べているのだろうか?
でもいつもなら、モアは私が寝ていたら起こしにきてくれるはずだ。
なんとなく嫌な予感がした。
「モア……モア?」
私はベッドから飛び起きると、屋敷中を探し回った。しかし、応接間にも台所にも、トイレにも、どこにもモアの姿はなかった。
「どうしたの、騒がしい」
騒ぎを聞きつけたヒイロとアオイも起きてくる。
「モアを、モアを見なかったっか?」
「え? 見てませんが」
聞けばマロンもゼットも、モアの姿は見ていないという。
「モア、どこへいったんだ?」
私は絶望のあまりよろよろとソファーに倒れこんだ。カーテンが揺れ、そよそよと外の風が舞い込む。
こうしてモアは突如としてどこかへと失踪してしまったのだった。
*
だが異変は、モアが消えただけではなかった。
「ちょっと、どうなってるんですの、これ!」
マロンが庭を見て悲鳴を上げる。
中庭は切ったばかりの草が伸び放題になり、ツタがうにょうにょと生き物のように這っている。
「どうなってるんだ? これじゃまるで」
ゼットが言いかけたのを遮り、私は裏庭へと走った。
そこには伸び放題の草と、小柄のモンスターがうじゃうじゃとひしめいていた。
「うわっ、マジか」
「な、なんで、魔法陣は壊したのに」
私が呟くと、アオイが険しい顔をする。
「すみません、その魔方陣とやら、見せてもらってもよろしいでしょうか」
私たちはアオイを連れてあの魔法陣のあった山中へと向かった。
山奥に足を踏み入れた私たち。そこで見たのは消したはずの魔法陣が再び紫の光を放つ光景だった。
「これは」
険しい顔をするアオイ。
「もしかしてあんたたち、魔法陣中和しなかったのか?」
アオイと一緒に魔法陣を見ていたヒイロが慌てて顔を上げる。
「中和?」
「魔法陣は
ヒイロが言うには、火属性には水属性、闇属性の魔法陣には光属性など反対の属性で中和しなければいけないのだという。
そういえば、教会でもアオイがモアに光属性で闇魔法を打ち消すように教えてたっけ。
そう考えると、よく考えたら私は魔法陣を靴底で消しただけで中和作業を全くしていなかった。そのせいで魔法陣が復活してしまったのだ。
「でも、魔法陣ってのはそこにあるだけじゃダメで、誰かが起動魔法を使わなくてはいけないんです」
アオイが険しい顔をする。
「誰かって……誰だよ。神父はもう倒したのに」
ゼットが腕組みをして天を仰ぐ。
不意に昨日のモアのあの発言が唐突に頭に蘇ってくる。
「そういえぱ、昨日モアは『笛の音が聞こえる』って言ってたが、」
「それってまさか」
子供が誘拐された際に聞こえたという笛の音。だが教会からはその肝心の笛がまだ見つかっていない。
ヒイロは怪訝そうな顔をし、アオイと顔を見合わせた。
「まさか、子供たちを誘拐した犯人はシト神父の他にも居るって言うこと?」
「ええ、シト神父に協力していた誰かがいたんでしょうね」
ゼットは首をひねる。
「でも一体なぜモアを」
私は唇を噛み締めた。
「モアは他の子供に比べて魔力が高いらしいんだ。普通の子供の二十倍から三十倍の魔力を持ってるって」
「なるほど、それじゃあ子供二十人を誘拐するよりモア一人を誘拐した方が楽だものね」
もしやと思い教会の地下室へと向かってみるも、そこにもモアの姿はない。
「流石に同じ場所にまた誘拐するってことは無いか」
私たちはガックリと肩を落としてマロンの別荘に帰った。
「はあ~」
「皆で町の中を探してみましょうよ。私も手伝いますわ」
マロンがお茶を入れてくれる。
「そうだな、ありがとう。取り敢えず手分けして」
カップを手にため息をつく。すると目の端に何か光るものが見えた。
「……ん、これは」
拾い上げるとそれは、ビーズで出来た小さなドングリだった。
これは、私が町についた時にモアに買ってあげたネックレスだ!
もしやと思い辺りを探して見ると、裏庭にもキラキラ光るビーズが落ちている。
そしてぬかるんだ地面には微かに、モアのものと思われる小さな足跡もついている。
「もしかして、モアが私たちに手がかりとしてこれを残して行ったんじゃないか?」
私はビーズを拾い上げた。パンくずを道に落としていったヘンゼルとグレーテルみたいにこれをたどればモアを見つけられるかもしれない。
アオイとヒイロも顔を見合わせてうなずく。
「さすがお姉様」
「さっそく行ってみよう」
こうして私たちは、木の実の形をしたビーズを辿ってモアの行先を探すことにしたのだった。