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第33話 勇者の帰還

「こら。昼寝にはまだ早いぞ。廊下に立っていろ。」


ここは、何処だ。教室のようだが・・・。


朧気ない頭のモヤモヤが、徐々にハッキリとしてきた。




突如として涙が溢れ出る。懐かしい顔ばかり。先生、クラスメート。


全てがあの当時のままだ。何も変わっていない。


男は急に駆け出しトイレに駆け込む。鏡を前に自分の顔を見つめる。俺も変わっていない。あの召喚前の俺がいる。




あれは、俺たちのクラス全員が異世界に召喚された時から始まった。




王国は魔王の蹂躙で滅亡の危機にあり、最後の望みとして [ 異世界召喚 ] が行われ、俺たちのクラス30名が、勇者として選ばれた。




召喚当初は王国とも、クラス内でも揉めにもめたが、この時から俺たち勇者の冒険が始まった。


しかし、録な訓練も出来ずに即実戦となれば、命を落とす者が出てもおかしくは無い。何人かの死亡は記憶している。


俺が生き延びたのは、偶然もしくは運が良かっただけだろう。




本当に俺は運に恵まれた。心強い仲間に出会た。その後は順調にレベルが上がり、苦闘の末とうとう魔王を倒した。






気が付けば召喚から30年の月日が流れて、初老に差し掛かる年齢になっていた。


あの頃のクラスメートの噂を聞かなくなって久しい。安否すら不明だった。




王都に凱旋。大歓声の出迎え。王からの受勲そしてパーティー。


次々と流れる行事に、漠然と乗る俺は戦いの無い日常が他人事の様に感じられ、生きている実感すら奪われた奴隷と化していた。




時より、ふと気付いたかの様に周りを見渡している。どこかに昔のクラスメートがいないか探していた。




共に祝いたかった平和の世界が訪れたこと。もう、殺しあわなくて良いことを。


召喚されてからのお互いの苦難を称え合いたかった。


だが一人として祝ってくれる者が居なかった。




俺は宰相にクラスメートの安否確認をお願いした結果、辛うじて数名の存在が確認出来たとの事。


しかし、その生存者は、戦いに傷付き、在る者は精神に異常をきたし、在る者は手足を失う惨状だった。


俺は直ぐ様に駆け出し、面会を求めた。


だが返答は「否」だった。


宰相に彼らの行く末を頼み、複雑な気持ちのままで宿舎に帰った。




俺は伯爵に任じられ、領地が与えられた。


宰相から領地経営に適した部下を薦められ、全て彼らに任せた。


結婚も勧められたが、それだけは丁重に断った。




俺は秘めた思いを胸に王都で、情報を集める毎日が続いている。


俺の思いは [ 日本に帰ること。そして、召喚されたクラスメートと共に帰ること ] その願いが叶えそうなダンジョンの情報を集めては、攻略していた。




世界各地を廻った。砂漠の中。辺境の樹海。海の底のダンジョンも。


あらゆる情報が有る限り、其処に望みが有る限り、俺は進んで攻略し続けた。


攻略したダンジョンの数は数百を越えたらしい。


幾多のドラゴンを倒し、中には次期魔王候補のも居たらしい。


だが望んだ結果は得られなかったが、俺は充実していた。生きている実感が漲っていた。そして等々、俺の満足した人生の終わりが来たらしい。


俺は静かに目を閉じた。






「ここは、何処だ。教室のようだが、朧気ない頭のモヤモヤが、徐々にハッキリとしてきた。


涙が溢れて来る。懐かしい顔ばかり。先生、クラスメート。全てがあの当時のままだ。何も変わっていない。」


俺は戻った来たんだ。クラスメートと共に、日本へ帰って来たんだ。




涙で目が霞んでいる。そして、神に感謝した。





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