冒険者の間では、伝説として密かに伝わる物が世界各地に数点存在している。
この世には、己の未来を写すと言われる鏡が有る。人々はそれを [ 運命の鏡 ] と呼んでいる。
しかし、誰ひとりとして見たものは無く存在すらしないのでは無いかと噂されている。
それでも人々は、噂を信じて探し続ける。皆は彼らを 冒険者と呼ぶ。
世界中には幾多のダンジョンが存在しており、各々が特徴を持ち、それに相応し名称で呼ばれる。
その内の一つに通称 [ 女神のダンジョン ] がある。
そのダンジョンでは、女神に会える。女神の部屋に通じると誠にしなやかな噂が囁かれており、人々は挙って [ 女神のダンジョン ] に集う。ただし、誰ひとりとして女神に会ったとの噂すら聞いた事が無い。
ある日の事、ダンジョン探索中に仲間とはぐれた若者が、急に漂ってきた美味しそうな香りに誘われて、ダンジョンの見知らぬ奥の行き止まりにぶち当たった。
目の前は壁なのに壁の向こうから、漂う香り、堪らず壁に向かい コンコンとノックをする。
すると壁から ハーイとの返事と共に壁がドアの様に開いた。
「どちら様。」との言葉と共に中から現れたのは、フライパンを片手に屈託の無い笑顔のエプロン姿の美女。
突然の出会いに戸惑う若者。
言葉を探すが美女を前にして、言葉にならず、立ち尽くすのみ。
「あらあら。お黙りさん。危ないから中へどうぞ。今 ケーキが焼けたのお茶でもどうぞ。」
「はい。ありがとうございます。」
若者の緊張はMAXに。
薦められるお茶とケーキ。
美女との緊張感で会話にならないお茶会も次第にほぐれて、会話が少しづつ始まる。
王都の面白い話。
魔獣との戦いの話。
笑い転げる冒険者の失敗話 等々。
時間を忘れる程の楽しいひととき。
その中で、冒険者の間に伝わる [ 運命の鏡 ] を噂話として、話した時に
今までにこやかな表情の美女が、真剣な顔で尋ねる。
「貴方は、本当に未来を知りたいですか」
急な変化に戸惑い気味の若者。
美女は更に、「私は女神様より、鏡の守護を託された番人。過去に幾人かの方々が、此処を訪れては、己の未来の姿を知りました。
ある若者は、成功する自分を鏡の中で見て、慢心から働か失くなり、没落しました。
ある女性は、鏡の中で惨めに殺される未来の姿に絶望して、自ら命を絶ちました。
鏡は、未来を約束するのではなく、幾多の未来の中で今のその人に近い姿を映します。
その後の少しの行動変化で、幾様に変わって行くのです。
それを知った中で、尚も貴方は 鏡を望みますか。」
真剣な表情に戸惑う若者。
美女は静かに立ち上がり、若者を出口に。
「サヨナラ。楽しいひとときでした。もう会うことも無いでしょう。お元気で。」
気付くとダンジョン入り口に立っていた若者。
その後の行動は、全てが真剣でかつ、臆病な程に慎重だった。
人々は彼を見て呟く。
「何が彼を変えたんだ。まるで未来を知ったかの様だ・・・。」