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第52話 秘術の末 ①

勇者は苦しみ続けていた。

魔王軍は占領都市から人族を兵士として徴兵し、連合国への壁としている。

その為、勇者は魔王軍と戦う時点で人を倒さなくてはならない。


赤い血飛沫。倒れる人。苦しみの喘ぎ声。

勇者の心を少しづつ蝕んでいく。


夜な夜なうなされる勇者。しかし、明日も敵兵と戦わざるを得ない。


堪り兼ねた賢者が、勇者に秘術を話した。

「昔も勇者が同じ悩みを持ち続けました。その苦しみを逃れる為に、この魔法が造られたと聞いております。但し、これを使う事は、貴方様の大事な物を失う可能性が、非常に高くなります。それでも使いますか?」

「賢者殿。この苦しみから逃れられるなら、お願いしたい。」


賢者は、王国から内密に密命を受けている。

【勇者に出来る限り、早くこの秘術を使わせる様にと・・・。】

賢者は悩んだ。そして、ある決断を下した。


その後 熟慮の末、秘術が使われた。


勇者は、苦しむ事は少なくなったが、戦闘に支障が出る事は無くなり、魔王軍を追い詰め、殲滅した。


王都への凱旋に華やかなパレード。

煌びやかな宮殿での受爵式とパーティー。

そこにお似合いの勇者は、まるで、この地に生まれた住人の様に違和感が感じられなくなっている。

その姿を賢者は、遠くから躊躇いながら眺めている。


彼は、戦いの僅かな時間で、勇者から多くの話を聞いていた。

地球での、家族の事。友達や思い人の事までも、その度に帰りたいと呟いた事。あの遠くを見つめる視線の先を。あの嬉しそうに話す表情を。そして帰れない悲しい表情を・・・賢者は、決心した。


連日連夜のパーティー。

美女を両手に満面の笑顔で踊る勇者。


躍り疲れた勇者に、賢者は近寄り密かに語った。

「勇者よ。貴方は大事な何かを秘術により、無くした。その大切な物をお返ししたいが、それは今の貴方に本当に必要ですか・・・」


しばらくの沈黙。

勇者の表情は、躊躇いと疑問。


賢者は失望した表情で静かに席を立ち、城を出た。

二度と勇者と会う事は無かった。


※秘術は、異世界人の記憶を失わせ、この世界に生まれ育った記憶を植え付ける魔法。

死が軽い異世界では、人を殺す抵抗感が、非常に小さく、慣れる適応力が非常に高い為、それ程の苦しみは無い。



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