「新たに我々が発見した
水元はるみは、やや得意げに、
「縄文時代のものですか?」
取材陣のひとりが聞いたが、予め予想、いやむしろ積極的に問答の流れを計画し、そうと聞かれることを期待していたはるみは即座に答えた。
「はい。その通りです。正確にいうと17例から18例。ただしいまだ受傷と認定して良いか論議されているものや、そもそも測定年代に疑問があるものなどもあり、近々いくつか追加される可能性が高いので、とりあえず20程度と申し上げました。」
こうした、自らの専門性を相手にそれとなく(と本人は思っている)感知させるための付けたりをしてしまう性格のくどさは、はるみ本人も時として気づく自分の明らかな欠点だ。しかし同時にそうしたあざとさは、考古学会という、前時代的な学閥や徒弟制度の気風と研究者特有の陰に籠もった
すなわち「押し出し」ということだ。
自分より背の高い中高年男性たちがほとんどの記者団の塊を、なぜか見下ろすような気分で眺めていたはるみは、そのうちの一人、ほぼ最高齢と断定してよいキャスケットを被った老紳士が、かがみ込んで出土人骨をまじかに観察しはじめるのに気付いた。彼は聞いた。
「このホトケさんの、死因はわかっていますか?」
ホトケさん?まるで映画に出て来る昭和の刑事みたいな言い方だわ。はるみは思い、なぜか脳裏に湯気の立つカツ丼の出前を思い浮かべながら、なるべくにこやかな声で答えた。
「少し専門的になってしまいますけれど・・・?」
「構いません、どうぞ。」
老紳士は言った。
「かしこまりました。ご覧の通り、この一帯は後期
そう言って右手を掲げ、まずブルーシートに覆われた発掘現場の向こう側に並ぶ宅地の群れを指さした。
次に、膝をついてかがみ込んだ老紳士のすぐ前を指さし、
「つまり、かつては丘の裾野の、少し日陰の窪みだったわけです。そこに、ご覧の通り、この三人の遺体が倒れておりました。いずれも男性、しかもまだ若い、おそらくは10代後半と思われます。」
と言った。
一同は、あらためて出土した3名の男の亡骸を見た。彼らはもちろん白骨化し、土中で経年変化して黄ばみ、ところどころ赤茶けていた。そしてまるで川の字を描くように並んで倒れていたが、うち1人だけは他の2人とは少し離れている。でき損ないの川の字だった。はるみは言葉を継いだ。
「死因についてですが、3人ともほぼ同一の理由と思われます。すなわち、側頭部ないし後頭部への打撃。当時のことですから、石斧か石そのものによる打撃と思われます。実はそれぞれ他の部分にも傷があり、不思議ですが川の字の左側に寄った2体については、共通してアンクル(踵)の部分に大きな欠損が見られます。もしかしたら、当時の成人男性に対する何らかの通過儀礼とか、あるいはこの2名には、激しく動かなくても務まる何らかの役割・・・たとえば呪術師とか・・・が村落共同体から割り振られていたのかもしれません。」
「こちらの角度からでは踵の欠損は視認できないが、たしかに一体の側頭部には大きな陥没痕か破砕痕があるようだ。その底には小さな穴が開き、また別の一体の後頭部、ちょうどラムダ縫合の付け根のあたりにもうひとつ不自然な開口が認められる。この傷は、自然石による受傷ではあり得ないですね。おそらく何かもっと鋭利に、人為的に加工された武器による攻撃だ。おっしゃる通り、当時の石斧、ないし
老紳士が、冷静な口調で言った。
ことばの響きで、相手が自分よりも専門性の高い
「ああ、失礼。東都新報の緒方です。もとは事件記者でしてね。
「は、はい。詳細な調査はまだですから、先ほどのは私の個人的な観察意見に過ぎません。緒方さんのご高見を拝聴でき、誠にありがたく思います。」
はるみは努めて冷静に言った。世界は広い。押さえろ自分。
「縄文時代は、戦争のない平和な時代だと思っていました。こんなむごたらしい殺し合いがあったんですね。」
別の記者が言った。はるみはホッとして答えた。
「はい。たしかに組織的な戦闘や戦争、虐殺のようなことが起こるのはもっと
「嫌なら、よそに行けばいい。そういうわけですね?」
「そういうわけです。」
はるみは、にっこりとしてそう言った。
「ただし、先にも申したように、人間の性質がそんなに劇的に変わるわけではありません。縄文時代にも、当たり前に争いはありましたし、人が人を傷つけ、時には殺害するようなこともありました。これまでに発見された受傷人骨のうち、何体が殺人によるものか判然としない部分もありますが、中には明らかに計画的に殺害されたとしか思われないようなものもあるのです。」