その頃ブルーノは、馬車に乗って王子の待つ城へ向かっていた。
「アリスさんが……あれだけの魔力を秘めているとは思わなかった……」
ブルーノはフォーコを倒したときのアリスを思い出して、身震いした。
「っと、こんな風に恩人のアリスさんを恐れるなんて、俺は騎士失格だな……」
ブルーノはアリスの住む森の方を見て、ため息をついた。
「フォーコにもアリスさんにも、俺は何も出来なかった……」
ブルーノは俯いてため息をついた。そして、すこしの時間考えた後、御者に声をかけた。
「すまない、今から言う場所に向かってもらえるか?」
御者は思い詰めたような表情のブルーノを見て、頷いた。
「はい、ブルーノ様」
ブルーノの指示に従って馬車は北に向かった。
「そろそろ着くな……」
「この先に進むのですか?」
「ああ、そうだ」
霧が深い森を抜けると、そこにはエルフの谷が口を開けて待っていた。
「それでは、ここで待っていてくれ」
「かしこまりました」
ブルーノは馬車を降りると、エルフの谷に入っていった。
「人間か? ここはエルフの谷だ、帰れ」
エルフの子どもが、ブルーノを見つけ話しかけてきた。
「ブルーノと申します。レーンさんはいらっしゃいますか?」
ブルーノがエルフの子どもに訊ねる。
すると、騒ぎを聞きつけたエルフの青年が、レーンを呼びに行った。
「ブルーノさん? 久しぶりですね」
「ああ、レーンさん。お久しぶりです。実はちょっと相談がありまして……」
ブルーノがそう言うと、レーンは微笑んで言った。
「立ち話も何ですから、我が家へいらっしゃいませんか?」
「……ありがとうございます」
ブルーノはレーンの家に入り、すすめられた椅子に座った。
「で、ここに来たと言うことは、アリスさんに何かあったのですか?」
レーンに聞かれて、ブルーノは苦笑いをして頷いた。
「はい……実はフォーコという魔女が復活して、アリスさんが倒したのですが……」
「フォーコですか!?」
レーンは目を見開いて叫んだ。
「……フォーコは不死身の魔女です。倒されたとしても一時的な物のはず……今頃、復活しているでしょう……」
ブルーノはレーンの言葉を聞いて愕然とした。
「ブルーノさん、貴方は強いと言っても人間です。何も出来なかったでしょう?」
「……はい、恥ずかしながら……。それで、私がアリスさんを守る手段が無いか教えていただきたいと思い、レーンさんに相談に来たのです……」
レーンは難しい顔をした後、奥の部屋に入り、何かを持って戻ってきた。
「ブルーノさん、人間を辞める覚悟はありますか?」
「え!?」
レーンは驚いているブルーノの手の上に、持ってきた小瓶を置いた。
「この中には、ケンタウロスの血が入っています。飲めば魔獣の力が手に入りますが、理性を保てるかは保証できません。それに、いちど魔獣の血を取り込んでしまったら、二度と人間には戻れません……」
ブルーノは手の上に置かれた、小さな赤黒い液体をじっと見つめた。
「しばらく考えると良いでしょう。これは差し上げます」
レーンは渋い表情でブルーノに言った。
「ありがとうございます……」
ブルーノはケンタウロスの血を鞄にしまった。
一方、アリスもフォーコの死が信じられず、エルフの谷のレーンの元に向かっていた。