エルフの谷では、ブルーノがレーンに別れを告げていた。
「それでは、ありがとうございました。レーンさん」
「いいえ。それを使うかは、よく考えて判断してくださいね」
ブルーノはケンタウロスの血が入った鞄を見つめた後、返事をした。
「はい。……それと、この件はアリスさんには秘密にして下さい」
「……貴方がそう望むのなら……分かりました。それでは道中お気を付けて」
レーンがそう言うと、ブルーノはエルフの谷を出た。
そして馬車に戻るとエルバの街に行くよう御者に頼んだ。
馬車は何もない草原を駆け抜けていく。
しばらく走ったところで、歩いている一人の少女とすれ違った。
「……あれは……アリスさん?」
ブルーノは馬車を止めてもらうと、そこから降りて少女に声をかけた。
「アリスさん、こんなところを一人で歩いているなんて危険ですよ?」
「まあ、ブルーノ様こそ、こんなところでどうされたのですか?」
「少し、用事があって北の方の様子を見に行っていたんです」
「そうですか。私はレーンさんに相談があって、エルフの谷に向かっているんです」
ブルーノの表情が少しこわばった。
「それでは、エルフの谷に向かって貰いましょうか」
ブルーノが御者に言うと、返答は思いがけない物だった。
「え? つい先ほどまでいたじゃありませんか。それに、もう私は城に帰らなくては行けません」
「そうか……では、私はここで馬車を降りよう。アリスさん、エルフの谷まで一緒に行きましょう」
ブルーノは馬車を降りると、従者に王子によろしく伝えるよう言った。
従者は首都に続く道を、誰も乗っていない馬車で駆けて行った。
「いいのですか? ブルーノ様?」
「ええ、アリスさん一人では……危険も多いでしょうから」
「……ありがとうございます。正直な気持ちを言うと、心細かったのでとても嬉しいです」
アリスとブルーノは、エルフの谷に向かった。
エルフの谷に付くと、今回はレーンが出迎えた。
「おや? 何か忘れ物でも? ……ブルーノさん? おや、アリスさんとご一緒ですか?」
「ええ。道で出会いました。ブルーノ様がここまで送ってくれたのですが、忘れ物というのはどういうことですか?」
「……いえ、私の勘違いです」
目で訴えているブルーノの様子を見て、レーンは言葉を濁した。
「ところでアリスさんは、何かご用でしょうか?」
「はい、フォーコのことについて教えて頂きたいと思いまして」
アリスはレーンに言った。
「フォーコを燃やし尽くしたはずなのですが、どうしても不安が残ってしまって」
レーンはため息をついた。
「フォーコは不死の魔女です。灰になっても、時間が経てばよみがえります」
「そうでしたか……」
アリスは俯いた。
「ですが、フォーコを封じる手段ならあります。水晶の洞窟の奥に住むドラゴンが守る、水晶の涙という魔石にフォーコを封じ込めば、魔石が壊されない限り、魔女は身動きが取れなくなります」
「そうなんですか!?」
アリスはその話を聞いて、身を乗り出した。
「フォーコは殺戮を楽しむ残酷な魔女です。復活したなら、早く封印しないと……」
ブルーノは鞄に手を当てて、眉間に皺を寄せた。
「アリスさんの魔力が強くても、水晶の涙を手に入れるのは一人では苦戦すると思います」
レーンの言葉を聞いて、ブルーノは覚悟を決めた。
「行きましょう、アリスさん。水晶の涙を手に入れましょう」
「……ブルーノ様?」
「……私は、人が殺されるのを見たくないのです」
「そうですね。私もです」
レーンはアリス達の話を聞いて、地図を取り出した。
「水晶の涙は、先日ウォーウルフ達が現れた洞窟の最深部にあります。そこにいるドラゴンはとても強いです。どうか、お気を付けて」
「はい、ありがとうございます。レーン様」
「ありがとう、レーンさん」
アリスとブルーノは、レーンから地図を受け取り水晶の涙を手に入れるため洞窟に向かった。