洞窟の中はひんやりとしていて、少し何かが腐ったような匂いがしていた。
「この匂いは、ウォーウルフの死骸が腐ったのでしょうか」
「そうかもしれませんね」
ランタンを持ったブルーノが先を歩き、アリスはその直ぐ後に付いていった。
「ここがウォーウルフたちを倒した場所です」
「ええ。木の板でお墓を作ってあります」
ブルーノが辺りを見回した。すると、岩陰に小さな道が続いていた。
「気をつけてください、アリスさん。ここからは道が狭くなります」
「はい。ブルーノ様」
二人は小さな道を歩いて行く。
前から、何かが飛んできた。
「うわっ!」
「きゃっ!?」
バサバサと飛んできたのはコウモリの群れだった。
「アリスさん、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
ブルーノたちが歩きすすめると、大きな広間に出た。
「……綺麗」
アリスは広間の壁や天井を覆う水晶に見とれていた。
「……そうですね」
ブルーノはランタンの光が無くても辺りが明るいことに気付いた。
天井には穴が空いていて、日の光が水晶で乱反射している。
キラキラと輝く空間の奥に、大きな生き物がいた。
「アリスさん、気をつけて下さい。ドラゴンが居ます」
「……ええ」
ブルーノとアリスは眠っているドラゴンのわきを通り、魔石、水晶の涙を探した。
「あ、ありました。ブルーノ様!」
「どこですか? ありすさん」
アリスはドラゴンの向こうにある、涙型の水晶を指さした。
「あそこですか……ドラゴンが起きる前に取って来られると良いのですが」
ブルーノはアリスを残し、一人でドラゴンの向こう側に歩いて行った。
「ブルーノ様?」
アリスはブルーノを追いかけることも出来ず、ただ見守っていた。
「よし、取れた……!!」
「ブルーノ様!! 危ない!!」
水晶の涙を手にしたブルーノに、ドラゴンが襲いかかった。
「炎よ、ドラゴンを燃やし尽くしなさい!」
アリスは呪文を唱えたが、炎に包まれたドラゴンは無傷だった。
「まさか、魔法が効かないなんて……」
「アリスさん! 気をつけて!」
今度はブルーノが叫んだ。
ドラゴンがアリスに牙を剥いた。
「あっ……!」
アリスは逃げたが、ドラゴンは追いかけていく。
ブルーノは剣でドラゴンに斬り掛かったが、まったく歯が立たなかった。
「……このままでは、アリスさんも……」
ブルーノは鞄に手をかけて、ケンタウロスの血を取り出した。
「……アリスさんを守りたい……!!」
ブルーノはケンタウロスの血を飲み干した。
体中が熱くなるのを感じながら、ブルーノはドラゴンに向かって剣を突き刺した。
「ギャオオオンッ」
ドラゴンは、ブルーノの剣で切られた首の付け根から血を流すと洞窟の奥へ逃げていった。
「……アリスさん、大丈夫でしたか?」
「ブルーノ様……? その姿は……」
ブルーノは水晶に映った自分の姿を見て、唖然とした。
耳は尖り、口は裂け、手足には動物のようなゴワゴワとした毛が生えている。
「……実は、ケンタウロスの血を飲んだのです……」
「なんてことを……」
アリスは絶句した。
「飲まなければ、アリスさんを守れなかったのです……」
ブルーノは悲しそうな瞳でアリスを見つめた。
アリスは何も言わずに、ブルーノを抱きしめた。
「さあ、アリスさん。エルフの谷に戻りましょう」
ブルーノは鞄から布を取り出し、自分の顔に巻き付けた。
アリスは水晶の涙を鞄にしまうと、野獣のような姿になったブルーノの後についてエルフの谷へ向かって歩いて行った。