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13.助かった


「大丈夫? 大丈夫……?」


 ユリが必死に、嘔吐を繰り返す僕の背中をさすってくれる。

 それだけじゃなく泰輔たいすけも、震える肩に手を置いて、僕を労ってくれた。


「大丈夫だ、悪くない……お前は何も悪くねえよ景司けいじ

 俺を助けてくれたんじゃないか。

 それに、誰かがこうするしかなかったんだ……」


 僕は肯定でも否定でもなく、ただ力無く首を振ることしか出来ない。

 自分がやったことはもちろんだけど、それ以上に――康平こうへいのことがショックだった。


 視線だけを動かして、康平の方を見る。


 無惨な姿のまま横たわる康平の側では、祥治しょうじたちが座り込んでうなだれていた。

 背後では、美樹子みきこ富永とみながさんだろう……しゃくりあげるような泣き声がする。


 ……いったい何だって、こんなことになってるんだ。

 康平も古宮こみやも、何でこんな目に遭わされたんだ。


 僕らは何で、こんな目に遭ってるんだ……!



 突然すぎて、悲劇を悲劇と嘆く心の余裕が、僕には無い。



 けれど、その感覚を取り戻すよりも早く――。


 いきなり、ドスンという轟音と震動が――僕らを取り巻く、世界そのものに襲いかかった。



「ヤバい、また来た――! みんな、逃げるぞ!」


 ガタガタと小刻みに揺れる部屋の中で、いち早く立ち上がった泰輔が声を張り上げる。


「で、でもでも、康平は……!?」


 美樹子の問いに、泰輔は一瞬唇を噛んだあと、彼女を軽くドアの方へ突き飛ばしながら思い切り怒鳴った。


「しょうがないんだよ! 諦めろ!」

「泰輔の言う通りだ!

 ――行くぞ、今度こそ生き埋めになるかも知れないんだ!」


 祥治も岩崎いわさきとともに、後ろ髪引かれる思いを断つように、康平のもとを離れてドアの方へ駆ける。


「ゴメン、康平……ゴメンっ……!」


 祥治たちに続いて芳乃よしのも部屋を出る。

 僕も、最後に一瞬、康平と古宮を振り返ってから――泰輔やユリとともに休憩室を飛び出した。


 ……初めに凄い音がしたものの、揺れはまだ控えめで、動けないほどじゃない。


 だけどそれでも、天井や壁には激しく亀裂が走って、小さな破片まで落ちてきていた。

 いつ揺れが大きくなるか分からないし、そうでなくても崩れてくる危険は充分ある。


 揺れる視界の中、壁の案内表示を確かめつつ、僕らはとにかく通路をひた走った。


 幸い次の目標にしていた出口はそう遠くないけど、もしそこが崩れていたりしたら――。

 鎌首をもたげるそんな嫌な想像を振り切り、転ばないよう注意しながらひたすら足を動かす。


 揺れる中を走るのは思った以上に難しくて……まるで夢の中でもがいているようで、随分走った気になっても、一向に先へと進んでくれない。

 それでもようやく、何とか出口らしい扉が見えてきたとき……僕らの耳に、この状況下では明らかに異質な音が届いた。


 ――それは、笑い声だった。


 まるで、必死に逃げる僕らの姿を見て楽しんでいるかのように、延々笑い続ける声が、どこからともなく響いてきたのだ。


 瞬間的に、僕は理解した。

 あれはきっと、以前僕らが見つけた惨劇の跡――それを刻んだ張本人、古宮と同じ状態になった人間に間違いないと。


 こんなときにあんなものに見つかったら、それこそ終わりだ……!


 僕らは、反響してどこからともつかない笑い声と遭遇しないよう祈りながら、出口の扉へと近付いていく。


 そして、その祈りが届いたのか――。

 途中にあった分岐点からも、そして前方からも、笑い声の主は現れることなく、僕らは何とか扉へ辿り着くことが出来た。


 扉は封鎖されていない。そして中は……無事だった。


 その狭い階段室は、他の場所より頑丈だったのか、たまたまなのかは分からないけど……ともかく上に繋がる階段が、崩れることなく残っていてくれたのだ。


「いける! もう少しだ、頑張れ!」


 先頭を行く祥治が、みんなを鼓舞する。

 かろうじて繋がった希望――それこそ、物語にあった地獄から抜け出す『蜘蛛の糸』のような階段に、僕らは足をかける。


 狂ったように揺れ動く世界と、狂ったように笑う何者かから逃げようと――地獄から這い出ようと、必死で駆け上る。


 ……軋みをあげる階段を上りきり、短い連絡通路を抜けた先は、アトラクションじゃなかった。

 どうやら、エリアに1つはあるインフォメーションセンターの中らしい。


 ガラス越しに射し込む夕陽の赤い光が、間違いなく地上へと出られたことを教えてくれる。

 その光に導かれるように、僕らは外――レンガ造りの広場へと、いきなり訪れた大きな縦揺れに足をもつれさせながら、文字通りに転がり出た。


 もう立っていられるような揺れじゃないし、そもそも立つだけの力が足に入らない。

 みんなそのまま這いつくばって、揺れが治まってくれるのを待つ。


 巨大な生き物が地面を踏み鳴らすような大きな揺れが何度か響いたあと、揺れは徐々に小さくなり――。


 やがて、余韻のような僅かな震動をしばらく続けてから……ようやく鎮まった。



「た、助かったぁ……」


 誰もが荒い息をつく中、座り込んだ富永さんが空を仰ぎながら呟く。



 周囲を見渡せば、ここは西洋のエリアなんだろう……その街並みを再現していたセットが、いくつも倒壊しているのが目に映った。


 富永さんがあんな風に言いたくなるのもよく分かる――あのまま地下にいれば、ああした瓦礫の下敷きになっていたかも知れないんだから。



 けれど……僕らは本当に、地獄を出る蜘蛛の糸を這い上がれたんだろうか?



 広場にはいくつも血溜まりが広がり、何人もの人が倒れている。

 倒壊したセットの下から伸びる手や、その側で泣き喚く子供の姿がある。

 呆けたように力無くとぼとぼと歩く、顔色を失った亡者のような人もいる。

 どこからともなく、怒号や悲鳴が混じり合って聞こえてくる。


 そして……。


 ふと視線を上げれば、それらすべてを燃やし焦がすように、血の海に沈めるように――金色の夕陽がギラギラと、世界を赤く赤く塗りたくっている。


 そう、蜘蛛の糸を上ったのに……これじゃあまるで、ここが――



 ……いや、待てよ……?


 そんな……赤い? 世界が……太陽が?



 僕は、はっと気が付いた。

 慌ててポケットからスマホを取り出して、金色に燃える太陽とそれを見比べる。


 時刻のデジタル表示は、ちょうど24時を指したところだった。



 『0時』じゃなく……ありえない『24時』を。

 日付も変わる事なく、そのままに。



 ……何だ、これ。

 壊れている? いや、そんな感じじゃない。なのに……なんで。



 わけが分からなかった。

 何がどうなっているのか――まるで分からない。


 思考は混乱の極みに突き落とされる。

 だけどその中で、僕はたった一つ、やっぱり……と思うことがあった。



 ……金色の太陽が、無機質に、僕らを嗤う――



 そう、やっぱりここが……地獄、なんだ。



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