まるで動いていない太陽。
そして、進んでいるのに進まない時間――。
今度こそ、これまで培った知識と常識では、規模そのものからして持て余す現象にぶつかった僕らは……しばらくの間、ただただ呆然とするしかなかった。
だけど、少しずつ少しずつ、現象そのものはまったく不可思議で理解出来なくても……それが示す意味は徐々に、遅効性の毒のように、心の中に広がり始める。
――絶望。
太陽、時間……それらは世界すべてに等しく影響を与える、決して揺らぐことの無い絶対的な存在というイメージがある。
それすら、本当に、狂っているというのなら――。
まるで、世界中どこにも逃げ場なんて無く、どんなものであれ未来すらありえないと――そんな風に宣告されているようなものだ。
これが絶望じゃなくて何だっていうのか……。
「何だよ、これ……! 何なんだよ……!」
僕らには、喪ったばかりの
ただ口々に泣き、喚き、怒るしかなかった。
感情をぶつけるしかなかった。
誰に対してでもない……けれど敢えて特定するなら、無慈悲な神や、不条理な世界そのものに。
……そうやってとにかく吐き出さないと、どうにかなってしまいそうだったから。
弱音と泣き言を連ねる
そして僕とユリは、ただただ、金色に燃える太陽を睨み続ける。
だけど――
あるいは、そうしていられるだけ……僕らの中にはまだ、僅かでも希望が残っているのかも知れない。
何とかしよう、この地獄を抜け出そう、生き残ろう――そんな意志がまだあるから、くすぶっているから。
だから、突き付けられた絶望の予感に、嘆き、悲しみ、怒ることが出来るんじゃないだろうか。
……まだ、正気を保っていられるんじゃないだろうか。
「……そうだ……」
僕は絶望に屈服しないように、みんなをさらなる絶望に突き落とさないように……必死に自分に言い聞かせる。
――今はまだ、絶望的、っていうだけだ。
やれることを何もかもやりきってしまったわけじゃないし、知れることを何もかも知ったわけじゃない。
だから、本当の意味で、望みのすべてが途絶えたわけじゃない。
手繰り寄せる希望の糸は、まだ手許にあるんじゃないのか――。
「みんな……聞いて」
少しでも落ち着いたのか、それとも疲れてしまっただけなのか――。
ともかく場が少し静かになったのを見計らって、僕は座り込んだみんなを見渡して声を上げた。
そして、何もかも諦めて投げ出すにはまだ早いことを、改めて、自分自身噛み締めるようにして……みんなに向かって必死に説いた。
「――だから……!
こうしていられる余力があるなら、とにかく行動するんだ。
その都度、何か目標を見定めて、それを目指すことに集中する――1つずつ、やれることをやろう……!」
「ンなこと言ったってさあッ!」
勢い良く立ち上がり、僕を睨み付けたのは富永さんだ。
「何をどうするってのよ!? もう、何したってムダに決まってンでしょ!?
――見なよほら、あの太陽! それに時間!
何もかもおかしくなってンのよ!? これでどこに逃げるっての!?
ネットにだって繋がらないし、何すればいいってのよ!?
もうオシマイじゃない……っ! バカじゃないのッ!?」
「……心の底から本気でそう思ってんなら、ずっとそこで座ってろよ」
必死に喚き散らす富永さんに、冷たくそう言い放って腰を上げたのは泰輔だった。
「――俺はゴメンだ。
……泰輔に続いて、1人また1人と立ち上がり、賛同の意志を表すようにみんな、僕のもとに歩み寄ってくれる。
残されたのは、初めの勢いを失い、複雑な表情で立ち尽くす富永さんだけだった。
けれど彼女だって、心底から先の言葉通りに諦めてしまっているわけじゃないはずだ。
もしかしたら、第一声で否定してしまったから、改めてすぐ賛同に回るのも抵抗があるだけなのかも知れない。
「……それで、どうするの富永は?
あたしは泰輔と同意見。
もう本当に何もする気が無いって言うなら、邪魔になるだけだし、景司がどう言おうとアンタはここに置いてくから」
芳乃の挑発的な言葉に、富永さんは一瞬明らかな怒りを顔に見せる。
……だけど、これがきっかけになったのは事実だろう。
芳乃への反論は、鼻を一つ、不機嫌そうに鳴らす程度にして……渋々といった感じで、同行する意志を示してくれた。
そうして僕らは、ひとまず当初の目標に立ち返ることにし、西洋エリアの広場を後にすることになった――そう、入場ゲートを目指して。
……既に地下を随分と進んでいたから、ゲートまでの距離はそう遠くない。
僕らは今朝、園内に入場してから歩き回る間に見た景色を逆に辿るように、地図と照らし合わせながら進んでいく。
けれど景色を辿ると言っても、それはあくまで面影程度でしかない。
朝の陽射しと、夕日――あれをそう呼んでいいのかは分からないけど――では、明らかに世界はその表情を変えるし……。
何より地震や、あの状態の人間による惨劇の跡が、本来テーマパークが備えている夢を含んだ景色を、悪夢そのものに塗り替えてしまっているからだ。
「……しかし酷い光景だ。これが地獄ってやつなのかもな……」
スマホをポケットに戻しながら、祥治は眉をひそめて、僕が感じたのと同じことを口にする。
「そう言えば、警察、どうだった?」
表情から半ば答えは分かり切っていたけど、一応、僕は尋ねる。
案の定、祥治は首を横に振った。
「ダメだ、やっぱり繋がらない。
……もっとも繋がったところで、この異変がここだけのものじゃないなら、警察だってそれどころじゃないだろうけどな」
その答えに、僕も頷くしかない。
――家を始め、僕らの本来の生活圏への連絡がまるで通じないことは、既にみんな確かめている。
互いにどんな状況だろうと、家族の声でも聞ければ励ましになったのだろうけど……それすら、僕らには叶わなかった。
ただ試してみたところ、僕らの仲間内――つまりそれなりに近い場所なら、不安定ながら電話ぐらいは通じることもあるみたいだった。
最低限の通信手段としてなら使えないことも無さそうだけど……そもそもスマホが、距離によって繋がったり繋がらなかったりすること自体がおかしいはずだ。
だから、さすがに信頼性となると、疑わしいと言うしかない。
初めは、その存在するはずのない時間表示と重なって、やっぱり壊れたんじゃないかとも疑ったけど――無茶苦茶な表示時間が、誰のスマホでもぴったり同じとなると、その可能性は否定するしかなかった。
時間表示はますます進み、既に25時を過ぎている。
アナログの時計ならと思い、園内の壊れていない時計を見たり、スマホの時間表示を変更したりもしてみたけれど……。
それらはどれも一様に、今度は12時のところで針の動きを止めていた。
――まるで、指す時間そのものが存在しない、とでも言うように。
「……にしても人、少ないな。
昼間はどこ見ても、あんなにいっぱいいたのにな……」
岩崎が誰に言うともなく呟く。
彼の言う通り、僕ら以外辺りに
みんな、僕らと合流する前の岩崎たちみたいに、どこかに隠れているか、早々に入場ゲートの方へ向かうかしたんだろう。
一番遠いエリアから、さらに地下通路を大きく迂回したりしながら進んでいた僕らは……言うなれば、遅刻組なんだ。
けれど、まったく人が存在しないわけじゃない。
僕らと同じようにゲートの方へ向かう一団もいるし、何より――散発的とはいえ、どこからともなく、悲鳴や怒号が聞こえてくるのだから。
そして、混乱の初期に、逃げ出そうという人が集中したせいだろうか――。
皮肉にもゲートに近付くにつれて、見かける死体の数は増していくようだった。
それらは、パニックに押し合う人の群れに踏まれ、潰されたらしいものや、地震によるセットの崩落に巻き込まれたらしいものもあったけど……。
何より目を引くのは、明らかに普通の人間の仕業じゃない、無惨極まりない状態になっているものだった。
そうした死を見るにつけ、ともかく、歩みが遅くなっても、警戒だけは怠るわけにはいかないことを僕らは再認識する。
……油断して、『あの状態』に陥った人間と鉢合わせしたりするようなことになったら――それこそ、無惨な死体の仲間入りをする羽目になりかねないのだから。