結果として――。
途中、何度も危険な相手を見かけたりはしたものの……。
警戒していた分、見つかる前に物陰に隠れたり、距離を取ったりして上手くやり過ごすことが出来た僕らは。
今度こそ全員無事に、当面の目的地である入場ゲートが見えるところまで戻ってきた。
「やっとここまで来た……」
近未来風のデザインで統一された、巨大なトンネルを思わせる造りのアーケードを中心としたエントランスエリアを前に、疲れた声で
エントランスエリアがこうしたデザインなのは、未来からタイムトンネルのようなものを通って、世界各地の神話世界を体験しに行く、というコンセプトかららしい。
そして、中に色々なお店が軒を連ねるそのトンネルが、そのまま入場ゲート前の広場へと繋がっているのだけれど――。
やっぱりというか地震によって天井は一部崩れていて、何とか形を保っている箇所も、見るからにぐらついていたり、骨組みに構造材が引っかかっているだけだったりで、いかにも危なっかしい。
足下に目をやれば、崩れた天井の下敷きになった人も決して少なくないだろうと思ってしまうほどだ。
けれど、さすがにここを迂回する方法は無い。
僕らは意を決して、頭上に注意を払いつつ――かつ、瓦礫に足を取られないよう慎重に、崩れたアーケードへと踏み込んでいく。
距離で言えば、広場の方に出るまで、200メートルほどだろうか。
「入るときに潜った不思議なトンネルが、壊れてもう通れない……か。
まるで本当に、俺たち、別世界に放り出された漂流者なんだ――って言わんばかりだよな」
「バカなこと言うな、
いかにも皮肉だ、とばかりに顔をしかめる泰輔を、後ろから付いてくる女子勢の様子をちらりと見てから、小声でたしなめる
「美樹子や
ただでさえ気が弱ってるところに、その手の話は冗談でもキツい」
泰輔は一瞬、「俺だって――」と反論しかけるものの、すぐさまその言葉を飲み下し、ただ素直に「悪い、気を付ける」と謝る。
そのとき、僕は……ふと巡らせた視線の先で、瓦礫が揺れ動いているのに気付いた。
……もしかして、生存者……?
潰されずに済んだ人がいるのか?
興味を引かれ、みんなの列からちょっと離れてそちらに近付いてみる。
そうして改めて見ると……折り重なる瓦礫には、とても人が潰されずに済んでいるような隙間は無いように思えた。
「なによ
「うわあああっ!?」
僕は、声を上げて飛び上がっていた。
いや、僕だけじゃない――ほぼ同時に、みんなの方でも誰かが大声を上げていた。
だけど、何があったか知るためにそちらを向く余裕はなかった。
僕の視線は、ある一点に釘付けにされていた。
――ずるり、ずるりと……。
喉を、天井の構造材らしき鉄棒に貫かれているせいだろう、声にならない声を上げながら、微笑んで――。
腹部から下が無惨にも引きちぎれた男が、潰れて判別のつかなくなった臓器や骨を引きずりつつ、瓦礫の隙間から這い出してきたのだ。
そう、痛みに泣き喚くでもなく……微笑みながら。
あの痙攣する瞳で、僕を見上げつつ――。
……それは、地獄の亡者のようだった。
ここから逃げ出そうとする僕らに絡みつき、捕らえようとする、悪意そのものに見えた。
だから――
「こ……こいつっ! 近寄るなッ!」
その悪意を払おうと――僕は手頃な大きさの瓦礫を持ち上げ、思い切り、その嫌らしい微笑みの張り付いた頭に叩きつけた。
動きを止めたかと思うも、それは一時のことで……またすぐに、新たに噴き出た血に濡れた顔をもたげつつ、男は這いずり始める――微笑んだままに。
……そしてそのとき。
またみんなの方で――今度ははっきりと悲鳴が聞こえた。
それで、ふっと
果たして……こっちでも、同じような存在が現れていた。
下半身は完全に瓦礫に埋もれたまま、上半身だけ這い出した『あの状態』の女の人が――長い髪を振り乱し、涙を流しながら、美樹子の足首を掴んで捕まえていたのだ。
泰輔たちが何とか引き剥がそうと必死になる中、当の美樹子も、足首を掴む女と同じように涙をぼろぼろとこぼしながら、痛みを訴えて泣き叫ぶ。
『あの状態』の人間が、限界を超えて異常なまでの筋力を発揮するのは今までの経験から明らかだ。
早く助けないと、足首を握り潰されるかも知れない……!
「こいつ――! 放せ、放しやがれッ!!」
女のもう一方の手を祥治と
だけどその女に、怯んで自ら手を離すような様子はまったく無くて――当然ながら簡易ナイフ程度では、肉は裂けても、骨まで断ち切るなんてことは出来そうにない。
「い、いたい――いたいいたいッ!
ヤ、ヤダ、イヤアアアアッ!!」
美樹子の悲鳴がいよいよ切迫する中、他に利用出来そうな物は無いかと周囲に視線を巡らせた僕は……何かが軋むような物音を聞いた気がして、ふと頭上を見上げる。
そして――骨組みに引っかかっているだけのような状態の天井の構造材が、大きく
……あれは――落ちる!
「みんな、上! 落ちてくるッ!!」
それだけを言うのが精一杯だった。
その意味をいち早く理解した祥治と岩崎は素速く離れたものの――泰輔はまるで聞こえていないのか、なおも女の手首を引き剥がそうと躍起になる。
――間に合わない!
「泰輔ッ!!」
僕の叫びは……落下した構造材が響かせた轟音に掻き消された。
さらに、もうもうと立ち上る土煙が、視界を覆う――。
そこに広がっているだろう凄惨な光景から目を背けたいという思いが、そのまま形になったように。
「泰輔! ミキっ!!」
芳乃が、目元をかばいながら土煙の中に呼びかけるも、やはり返事はなかった。
気付けば……あの女の泣き声ばかりか、美樹子の悲鳴まで完全に静まっている。
「泰輔!! ミキってばっ!!」
「ああ……大丈夫だ、聞こえてる……」
僕らは、あるはずがないと思っていたその返事に、まず耳を……続いて、薄まってきた土煙の中でむっくりと上体を起こすその姿に、目を疑った。
泰輔は――無事だった。いや、美樹子もだ……!
「……へへ……死ぬかと思った。一生分の運、使い切ったかもな」
土煙で汚れた顔に引きつった笑みを浮かべつつ、泰輔は美樹子を抱き起こす。
彼女は、どうやら気を失っただけのようだった。
足首にしがみついていた女の腕は……その肘から先だけを残し、さっきの構造物の下敷きになって引きちぎれたらしい。
「良かったぁ……」
そのままその場に座り込んでしまいそうなほどのユリの一言に、やはり力が抜けていた僕は、とにかく頷いて同意するしかなかった。
「……とにかく、早くこんな所通り抜けようぜ……。
他にも、今みたいなヤツがいそうだからな」
「あ、うん、そうだね……。
ここで長居するぐらいなら、美樹子の足を掴んでる手は、広場の方まで行ってから外してあげた方がいいと思う」
「じゃあ、ミキはこのまま起こさない方がいいわね」
芳乃の言葉に頷いて、泰輔は背を向けてしゃがみこんだ。
「俺が背負っていく。その足首、骨折まではしてないと思うけど、ヒビぐらいは入ってるかも知れないからな……負担をかけない方がいいだろ。
――景司、祥治、手伝ってくれ」
小柄な女の子とはいえ、人を1人背負うにはどちらかと言えば泰輔も小柄なのだけど、だからといって誰がその役目を負うかで論じ合うのはそれこそ時間の無駄だ。
祥治もそう考えたんだろう、僕に手を貸して、ぐったりしている美樹子を泰輔の背に負ぶらせる。
「よ……っし。じゃあ、先導も頼むな」
分かった、と答えて泰輔の前に出る祥治。
僕は芳乃とともに泰輔の補助に回り、岩崎には後ろの方から周りを警戒してもらうことにした。
改めてよくよく注意して見れば、あの亡者のような存在がまだ潜んでいるのか……不自然に揺れ動く瓦礫は他にもあって。
それを避けつつ、祥治の指示で比較的歩きやすい場所を選んで進んだ僕らは……ようやくアーケードを抜け、入場ゲート前の広場へと辿り着いた。