やっぱり園内にいた誰もが、これからどうするかを決める上でも、そしてはぐれた人と落ち合う上でも、ここが妥当だと考えたんだろう――。
入場ゲート前の広場は、今までで一番多くの人が集まっていた。
けれど、その誰もが自分たちの問題に必死らしく、混乱の中で右往左往していて、わざわざ僕らに構おうなんて人間はいない。
また僕らは僕らで、そんな人々の中に見知った顔が無いか、それだけを注意しながら……手近なベンチへ向かい、まだ気を失ったままの
それから、僕らは協力して、ひとまず美樹子の足首を掴んだままの『手』を外すことに専念した。
肘から上が無くなっていてなお、それは万力のようにしっかりと食らいついていたけれど、もともとが女性の細い指だったお陰か……。
「これ、ちょっと水で濡らしてきてくれる?」
強い力で締め上げられたからだろう、そこにはくっきりと、手の形に赤黒くアザが残っていた。
その部分を、近くのトイレで岩崎が濡らしてきたハンカチをあてて冷やす。
そんなことをしているうち、美樹子本人も目が覚めたようだった。
気を失ったときの状況が状況だっただけに、再び美樹子が混乱しそうになるところを、芳乃たちがなだめる。
あの女の手が外されたという事実だけでなく、取り敢えず僕らを始め周囲にまともな人間ばかりがいるという状況が、僅かでも安心感をもたらしたのかも知れない。
特に騒いだりすることもなく、彼女はすぐに気を落ち着かせてくれた。
「……それでミキ、足はどうなのよ? 歩けそう?」
芳乃に言われて、美樹子は自分で足首を回したりしたあと、靴を引っかけて地面を何度か踏んでみて……大丈夫、と頷いてみせる。
「前、くじいたときとかの方がよっぽど痛かったよ。
……多分、内出血ぐらいだと思う」
「そう……。まあ、一応もう少し冷やしておきなさい」
芳乃は一旦立ち上がって、もう一度ハンカチを濡らして来ると、美樹子の足首を包むような形に軽く結びつけた。
「……ありがとう」
「お礼なら、泰輔に言いなさいよ。
ここまでアンタ運んだのも、泰輔だから」
芳乃の忠告を受けた美樹子は、トイレで簡易ナイフと手に付いた血を洗い落として戻ってきた泰輔に、そのまま率直に礼を述べる。
泰輔はナイフをズボンで乱雑に拭いながら、気にするなと照れくさそうに首を振っていた。
「……で、ゲート抜けたらどうする?
やっぱりオレらが泊まってるホテルまで戻る?」
岩崎が僕の目を見て問いかける。
このミシカルワールドまで通じているモノレールの、1つ前の駅の周囲に広がる、園内の雰囲気をそのまま持ち出したようなデザイン色溢れる街並み――。
その中にある、ミシカルワールド目当ての観光客に向けたホテルの1つが、僕らの宿泊先だ。
一応、この修学旅行中の緊急連絡先ということになっているわけだし、難を逃れた他の同級生や先生たちが集まっているとすれば、そこが一番確率が高い。
それに、僕らの荷物だって置いてある。
この先、家まで自力で戻ることも考えるなら、旅行用の荷物は持ち出して損は無いはずだ――。
僕は考えながら、岩崎にその旨を告げた。
「そうだよな。オレもほら、他に一緒に回ってたヤツらいるんだけど、逃げるときにはぐれちまって……無事なら、ホテルにいるかも知れないもんな。
――なあ
岩崎が話を振ると、富永さんは険しい顔で「そりゃいるけど」と切り出した。
「でも、別にあんまし会いたくない。どいつもなんか役に立ちそうに無いしさ。
それに……あんまり増えすぎると危ないンじゃないの?――逆に」
富永さんの一言に、僕は――虚を衝かれたような気がした。
――いや、違う。これもそうだ。
誰が、どういう理由で『あの状態』になってしまうのか分からない以上、人数が集まれば、それだけ不意をつかれて襲われる確率が高くなるのは当たり前のことだ。
現に、康平は合流した古宮によって襲われたんだから。
でも、単純な計算によるその事実を、理解こそしても認めたくはなかったんだ。
……当たり前だ。
それを受け入れてしまえば、最終的には危険を避けるためには、信頼する幼なじみのみんなですら、遠ざけることになるんだから。
そしてきっとその先には、あらゆる人間を疑い、敵視し、場合によっては脅威になる前に手を下そうとする――そんな破滅的な行動しか無いはずだから。
それに、こんな異常な状況じゃ、いくら襲われる危険を避けるためだからといっても、1人になってしまったら、結局何をすることも出来ないだろう。
だから、絶対に――認めるわけにはいかないんだ。
――そう決意した、矢先。
そんな僕を嘲笑うかのように、僕らにほど近い場所から悲鳴が立ち上った。
目を向けた先には、レジャーシートを敷いて休んでいたらしい、家族連れが集まった一団がいた。
だけど今、そこには団欒なんて無くて――押さえつけようとする周囲の大人を振りきった男の子が、奇声を上げながら父親らしい男性を組み敷く、狂った光景だけがあった。
男の子が何と言ったかは分からない。
ただ、すごく嬉しそうな声だった――。
そう感じた次の瞬間。
何をどうやったのか、男の子がいじっていた男性の首が、異様な方向に――いとも簡単に折れ曲がった。
首の辺りが裂けたのか、噴水のように吹き上がる血飛沫。
その中で男の子は――真夏にシャワーの水を浴びて楽しんでいるかのような、無邪気で……だけど無機質な笑みを、浮かべていた。
「………!」
広場にいた全員がこの事態に気付いたわけじゃないだろう。
けれど、気付いた人間の連鎖的な悲鳴、恐怖、そして混乱が一気に伝播して……広場はたちまちのうちに、パニックの色を見せ始める。
「このままいると巻き込まれる! 一気にゲートを抜けるぞ!」
いち早く事態に気付いていた僕らは、それを把握しようとする余計な行動を省くことが出来た。
……心の何処かでまだ、園外にさえ出られればこの異常な事態から逃げられると、そう期待していたんだろうか。
ゲートをくぐる瞬間僕は、ようやく抜け出した――という、達成感とも安心感ともつかないようなものを感じた。
だけどそれはほんの僅かな一瞬のことで……すぐさま、戻ってきた現実世界もまた地獄の中なのだという、忌まわしい事実を突き付けられる。
地震の爪跡、そして惨劇の血痕――それらは外に出たところでやはり変わることなく。
ぎらぎら輝く沈まない太陽に、より赤く彩られて……僕らの前に広がっていたから。