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4.どこからが


 ――ゲートを抜け、僕らはなおもそのまま走り続ける。

 そうしながら、ふと視線を脇に向ければ……入場ゲートに隣り合って併設されている、広大な駐車場が目に入った。


 その全体を一目で窺い知ることはとても出来ないけど、空に向かっていくつもたなびく黒煙と炎があって……。

 さらに出入り口近くでは、玉突き状態になって無残な姿をさらしている車が何台もあるとなると――ここでも何かがあったことは、簡単に推測出来た。


 地震については言うまでもなく、停車しているときに『あの状態』の人間に襲われたら――あるいは、同乗者が『あの状態』になったりしたら。

 ……想像するだけでも、ぞっとする。


 そして車だけでなく、入場ゲートから続く、季節の花や大理石風の彫刻などによって華やかに彩られた歩道の先――。

 鐘目島かなめじま本島から繋がっているモノレールについても、同じことが言えるみたいだった。


 駅舎にも地震による損傷が見受けられるけど、何より当のモノレールそのものが地面に落下して大破していて……。

 しかもそれが、地震によるものだけじゃないことを……ひび割れ、砕けたガラス窓の内側に垣間見える、血みどろの空間が物語っている。


 線路から地面までの落差がそれほどでもなく、また車体もほぼ原型を留めているぐらいなのに、地面に落下しただけで、車内があんな状態になるわけがない……。


「車も、モノレールも、これか……」


 さすがに走り通しで、誰もが息が上がっていた。


 先頭を行く祥治しょうじが周囲を見回し、ひとまず脅威からは逃れたことを確認して足をゆるめると……みんな待ち焦がれていたように、それに合わせて走るのを止める。


 ただ、だからといって、完全に立ち止まって座り込む気にもなれなくて……誰もが息を整えながら、足を引きずるようにして歩みを続けていた。


 僕らの他にも、同じぐらいのタイミングでゲートを抜けてきた集団はあったけど、それらも同じような頃合いに歩調をゆるめていて……。

 勢いを止めることなく走り去っていくのなんて、ごく一部だった。



「あれだけの地震があったんだ、予想はしていたが……乗り物には頼れそうにないな」


 本島へ続く連絡橋を前にしての祥治の言葉に、僕は頷く。


 ――連絡橋は、幅の広い車道と歩道が、モノレールの橋架を挟んで横並びになっていて……。

 ここまで至る道同様に、見た目で、雰囲気で、パークに入場する前から来場者を楽しませるような造りをしている。


 そもそも何キロもあるような長い橋じゃないので、乗り物を使わずわざわざ歩くのもまた楽しみ方の1つ――という話を聞いたぐらいだ。



 そして、連絡橋の向こうに見えるのが、本島――〈鐘目島〉。



 本州にほど近いため、もともとそれなりに開発されていたらしいのだけど……。


 一大観光拠点でもあるミシカルワールドが建設されるということで、以前は船が主だった本州との往来手段に、新しく、ここと同じような――しかももっと立派な連絡橋が加わり。

 それに伴って、この数年で建物や道路の整備など、さらに急速な開発が進んでいるっていう……人口数万人の小島だ。


 そして……見たところ、その鐘目島へ戻る連絡橋は、一部崩れていたりするものの、前に祥治が言っていたように、まだまだしっかりしているようだった。

 またとんでもない震度の地震が起こったりしない限り、渡るには問題なさそうだ。


 ……もちろん、そうは言っても用心するに越したことはない。

 僕らは一応、突然崩れたりしないか、足下の様子なんかを確認したりしながら……鐘目島本島目指して、連絡橋へと足を踏み出していった。



 連絡橋の上から見える、陽光を照り返して輝く海面は……もともとこの辺りは海流が激しい場所じゃないって聞いたけど、それにしたって、今僕らが置かれている過酷な状況に比べて、皮肉なほどに穏やかだった。


 波が立てる音も無く、風も凪いでいる中を、談笑なんて表現とは無縁の寂しい会話をぽつぽつとやり取りするだけで、足取り重く列を成す――。


 そんな、見知らぬ他の人たちの集団も含めた上での『僕ら』は、きっとあの太陽からすれば、あの世へと虚ろな歩みを進める、葬列のようにすら見えることだろう。



 ……いや。そもそも、どこから先をあの世だと言えばいいんだろう……?



 視線を前方から逸らして、水平線にもたれかかった太陽に向ければ――。

 そこには、自らの照り返しと組み合わさり歪な円形に輝く金色の光と、その光にどこまでも赤く染められた世界とがあって。

 どこからが空で、どこからが海なのかが……ひどく曖昧に感じられた。


 南国なんかの美しい光景で、青い空と海が一つになる、という表現は聞くけれど……。

 今僕が目にしている光景は、確かに一種の美しさを備えているものの――それを遙かに凌駕する、何か不吉なものを湛えているようにしか思えなかった。


 それこそ――。

 この世もあの世も、今、すべてが垣根を取り払って曖昧に一つになっているのだと……そう僕らに見せつけるみたいに。



 そのとき――。

 ふっと、何かが……僕の記憶に触れた。


 だけど、慌てて捕まえて確かめようにも――それはすぐさま、雪のように溶けて消える。



 隣りに並ぶ泰輔たいすけが、真剣な表情で声を掛けてきたのは……そんな掴みどころのない淡い違和感に、僕が戸惑っているときだった。


「なあ、景司けいじ……」


「――え? あ、ああ、うん、何?」


 その違和感があまりにも微かなものだったので、どうせ気のせいだと割り切って……。

 僕は、泰輔の話に集中しようと顔を向ける。


「何て言ったらいいか……。

 突拍子も無い話になるけど、一つ、気付いたことがあるんだ」



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