「気付いたこと……?」
「ああ。
いつ、どういうときあれになるのか――その目安みたいなもんだな。
……つっても、あくまでこれまでの共通点でしかないけど」
「……うん」
「理由なんてもちろん分からねえ。
けど、今のところ――『あの状態』になるときってのは、その全員が、休んでいるとき……つまりは寝てるようなときだったんじゃないか?」
泰輔に言われて、僕は改めて――今までの、人が突然『あの状態』になったときのことを思い返してみる。
ベンチの男の人、レストランでの女の子、古宮、そして、さっきの入場ゲートの男の子――。
確かに、そのすべてに当てはまるのは、『休んでいる』という状態だった。
さらに言えば、パークの地下通路で見た惨劇跡の出所は、休憩室だった。
モノレールの車内なら、遊び疲れて眠る人間も少なくないだろう。
同じく、アトラクションの長い待ち時間となると、親に背負ってもらったりして、そのまま眠ってしまう小さな子供だっているに違いない……。
まだまだ偶然だと片付けられる程度の数かも知れない。
だけど、泰輔が気に掛けるのも頷けるほど、重なり過ぎているという気もする。
――ただ、そうなると、当然のように浮かぶ疑問もあった。
「理屈はともかく、眠ったら終わり……ってこと?
でも古宮のときは、僕も……」
「ああ、そうだな。
あのときはお前だけじゃない、ほとんどみんな寝てた。だけど、変わったのは古宮だけだった。
だから、寝た人間全部が全部、ああなっちまうってわけじゃないのかも知れない。
ただ、この共通点からすると、眠りが何か関係あるのは間違いないんじゃないか――って思うんだ。
――そう……とびきりタチの悪い夢遊病、みたいな感じにさ」
泰輔は最後、少し冗談めかしてそんなことを言ってみせる。
だけど僕は――彼のそんな一言にふっと思い当たることがあって、ちらりと一瞬だけ後ろを振り返っていた。
視線の先には――少し離れて付いてきているユリがいる。
……そう、ユリが前に言わなかっただろうか――。
あの状態になっている人間を『まるで悪い夢を見ているみたい』だと。
「……どした? 急に」
僕の様子を見て首を傾げる泰輔に、僕は、思い切ってそのことを話してみた。
「前にユリが、おかしくなった人について、悪い夢を見ているみたいだ、って――そんな風に言ってたのを思い出して」
「……ユリが? 前に……?」
僕の話を聞いた泰輔が、少し大袈裟なぐらいに眉を寄せて唸る。
でもそれも、ほんの短い時間のことだった。
ため息混じりに、彼は何かを納得したような顔で頷く。
「なら……ホントにそうなのかもな。
ユリ、そういう霊感みたいなもの、何度か見せたことあったし」
「そう……だったっけ」
泰輔の言葉に触発されて、僕は過去の記憶を掘り起こそうとしてみる。
……確かにユリの霊感については、彼女という人物を構成するイメージとして微かながら存在しているのだけれど――具体的なエピソードとなると、まるで出てこない。
だけどそれは、記憶として持っていない、というわけじゃない。
持っているはずだと感じるし、思い出せそうな気もするのだけど――。
まるで巨大な壁か濃密な霧を思わせる、大きくて深い『記憶の空白』に阻まれて、どうしてもそこまで手が届かないんだ。
「……悪い、余計なこと言った。
無理して思い出さなくていいぞ」
きっと僕は、相当難しい顔をしていたんだろう……僕の事情を知る泰輔は、そう言って僕を労ってくれた。
そして僕も、素直にそれに従うことにする。
……やっぱり、思い出せなかった……。
――泰輔たち幼なじみは知っていることだけど、僕には過去の一時期の記憶が無い。
大きな事故に遭って、命に関わる大怪我をしたらしく、その前後数ヶ月の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているのだ。
いや、記憶を辿るときの感触からすると……。
正確には、抜け落ちたというより、塗り込められた――という方が正しいかも知れない。
そう……真っ白い空白の中に。
ただ、それ以外には後遺症のようなものは無かったし、以前から友達だった泰輔たちが色々と支えてくれたので、普段、特別不自由を感じるようなことは無いのだけど――。
こうしてふとしたとき、持ち上がる思い出話に加われないばかりか、相手に気を遣わせてしまうのは、やっぱり少し辛いものがあった。
泰輔もそんな僕の心情を長い付き合いで理解しているんだろう。
「まあ、とにかく――」と前置きして、ユリの霊感についての思い出から、話をもともとの流れの方へ引き戻す。
「何が原因だか分からない以上、何に気を付ければいいのかも分からねえけど……」
「これから、休むとき、眠るときはそのことを注意しておいた方がいいんじゃないか――ってことだね」
僕は、極力明るい調子で応じた。
記憶のことを一旦頭の中から押し退けたいというのもあったけど、泰輔の推測が的を射ているなら――正直、僕自身はそうじゃないかと感じるけど――さらに気が滅入ることになりそうだったからだ。
そう……起きている間、襲われないようにと警戒するのも大変なのに。
眠るという行為すら危険だなんて……正直、堪らない。
「
眠るヤツがいたら注意しておいてさ、上手くすれば、完全に『あの状態』になっちまう前に助けることも出来るかも知れない――ぐらいに、前向きに考えようぜ。
とにかく、何も分からないままよりはマシだってな」
「うん……そうだね。泰輔の言う通りだと思う」
……そうだ。
悲嘆にくれるばかりじゃ始まらないと、みんなに説いたのは僕自身じゃないか。
ここは、対処法に繋がる手掛かりの一つだと、前向きに捉えないと。
そうして色々と考え、話しながら歩いていた僕たちは……ようやく連絡橋を渡りきり、本島に辿り着こうとしていた。
少しずつ近付く向こう岸を見据えながら、橋を渡る間、何も起こらなかったことに安堵していると……先頭を行く
何事かと足を止め、彼の示す先に注意を向ける僕ら。
その場所、連絡橋のたもとには……僕らと同じ学生服姿の人影が数人と、見慣れた眼鏡の男性が、橋を渡ってくる人々を迎えるようにして立っていた。
あれは――担任の
ちょうどそのとき、向こうもこちらに気が付いたんだろう――。
人好きのする愛想のいい笑顔を浮かべながら、先生は僕らに向かって大きく手を振ってくれた。
「ああ……お前たちも、よく無事でいてくれたな!」
先生を含めた何人もの見知った人間の無事な姿を見て、ともかく駆け寄った僕らに、先生は何度も大きく頷きながらそう声を掛けてくれた。
「他の奴らは見てないか?
ここで、お前たちみたいに戻ってくる奴がいないか、ずっと見てたんだが……」
その質問に僕らが各々首を振ると、先生は一度残念そうに「そうか」と呟く。
だけどすぐにまた表情を和らげると、もう一度僕らの無事を喜び――そして告げた。
「宿泊先のホテル、分かるな? 今、逃げてきた生徒はあそこに集まってるんだ。
……お前たちも大変な目に遭って疲れただろう、取り敢えずはあそこへ戻ろう」