「――
慌てて、いきなり走り出した祥治の後を追えば……。
彼は商店街の方へと続く、整備された遊歩道脇の小さな建物に入っていく。
目に付くあらゆるものにパークに合わせたデザインが施されている中だと、存在自体が異質にも思える、見慣れた外見のその建物は――交番だった。
「……う……!?」
外見通りにこじんまりとした、その交番の中に入った瞬間……僕は思わず口元を押さえてしまう。
そこはむせ返りそうなほどに濃密な、血の臭いに満ちていた。
それもそのはずで、衣服の切れ端からかろうじて警官だったと予想出来る程度の……まさしく肉塊としか表現出来ないぐらいにぐちゃぐちゃに潰された物体が2つ、壁と床に禍々しい血の花を咲かせていたからだ。
これまで多くの死体を見、散々血の臭いを嗅いで慣れてきていたから何とか耐えられたようなもので……そうでなかったら、気を失っていたかも知れない。
今の異常な状況下で助けを求めて来てみても、肝心の警官がこれじゃあ、さらに絶望するだけだっただろうな――。
そんなことを思っていると……。
祥治は、護身用にとホテルの厨房から持ち出してベルトに挟んでいた包丁を抜いて、肉塊のもとにしゃがみこんだ。
「……やっぱりあったか。
この有様じゃ、誰も近付かないと思った」
一体何をする気なのかと見ていると、祥治はぼろぼろになっている血塗れの制服の中から、さらに、ちぎれかかっている丈夫な紐のようなものを摘み上げ……それを、包丁で苦心しながら切り裂いた。
そして、その先に繋がっていたものを、側のデスクの上に置く。
血に汚れながら、その中で冷たい輝きを放つそれは――拳銃だった。
「祥治、これ……!」
「護身用としては……ある意味、一番頼りになるだろ」
もう一つの肉塊の方からも拳銃を取り上げると……祥治は奥にあった水道で、それら2挺の血を洗い流して戻ってくる。
そして――そのうちの1挺を、僕の手に押しつけた。
……エアガンぐらいなら、何度も持ったことはある。
だけど、それとはまったく違う本物特有の存在感のようなものが……その重量以上にずしりと、重くのしかかった気がした。
「そっちはお前に預けとく。
使い方、まるで分からないってことはないよな?」
「それは……一応は知ってるけど……。
何で僕に……?」
「
それに……何て言うか、お前が一番安定している気がする。
そう言ってベルトの背中側に拳銃を挿し、ぱっと見では分からないようにブレザーの裾で隠すと、祥治は僕を促して外に出る。
後に続きながら、僕も祥治にならってブレザーで隠すように銃を身に付けた。
「……言っただろう、さっき。諦めてないってな」
日本では持つことすら罪になる物を持ったことで、内心少なからず動揺する僕。
それを見透かすように、祥治は強い口調でそう言った。
「生き延びるためだ。殺して無理矢理奪ったわけじゃなし、これぐらいのことはする。
……お前だって、そうした覚悟があったからこそ、あのとき古宮を止めたんだろう?」
――そうだ。銃を持ち出すぐらい何だっていうんだろう。
僕は、既に人を――友人を、この手にかけているんだから。
それに……僕自身だけじゃなくて、友達を守るためでもあるはずだ――。
そう考えると、現金なもので……罪悪感のような感覚は多少は薄れてくれる。
銃が備える冷たい気配を受け入れた、というわけじゃないけれど――少なくとも、気分は楽になっていた。
「……で、だ。
諦めないと言えば、今の俺たちの状況についてなんだが……」
交番を離れてホテルの周囲を回るコースに戻りながら、祥治はそう切り出した。
「お前を連れ出した本当の理由は、これを話したかったからだ。
――景司、お前は……今俺たちがこうしてホテルで待機してることをどう思う?」
「どう、って……うん――」
僕は腕を組んで……よくよく状況を考え直してみる。
――今、僕らがホテルで待機しているのは、疲れていたから、というだけじゃない。
生き残った生徒たちで身を寄せ合い助け合いながら、救助が来るのを待とう――という、先生たちの……つまりは大人の出した方針に従ってのことだ。
実際、学生とは言え、こうして1つの場所にある程度の人数が固まっていると、暴徒化した人たちにしても手を出しにくいのか、襲撃されるといったことも無いし……。
あの状態になる人間もいないし、今のところは特に問題はない。
ただ――こうやって改めて問われるまでもなく、不安はあった。
今の安定した状況は、何て言うかギリギリのところで運良くバランスを保てているだけのような、そんなどこか危ういものを感じるし……。
それに何より――この異常な状況下にあって、自発的に何をするわけでもなく、ただ救助を待とうというその姿勢に、本心としては素直に納得しづらいところがあるからだ。
僕がそのことを正直に打ち明けると、祥治は「やっぱりお前もか」と、どこか安心したように頷いた。
「俺も泰輔も、あとは
外部と連絡すらまともに取れないというのに、救助なんてそうそう来るとは思えないからな。
もちろん万が一ということもあるし、一応こうやって今のところは先生の方針に従ってるが……やはりこのままではダメだと思う。
お前も言ったように、幸運なのか何なのか、この2日間身近であの状態を発症する人間は出てないが、それだっていつまた現れるか分からないだろう?
言いたくないが……人数があれだけ集まってるってことは、そうなる奴が現れる確率も、必然的に高くなってるってことだからな。
……そういうわけで、だ。
このまま受け身でいるよりは、やはり行動していくべきだと思うんだが……」
「それはつまり、ここで救助を待つって先生たちの方針に逆らって、別行動しようってこと?」
「そうなるな。
泰輔が
……正直、
それはそうだろう。
何事も無ければ、ここは知り合いが大勢いて心強いし、一応生活環境も整っていて、なおかつ外に比べて遙かに安全でいられる場所なのだから。
ただ――そもそも『何事も無ければ』僕らはこんな状況に置かれていないわけで……。
だからその安心は、脆く儚い土台から敢えて目を背けるからこそ得られるような、虚構のものでしかないはずだ。
僕のその考えに、祥治は「そうだ」と同意する。
「こっちだって人助けにかまけてる余裕は無いんだ、どうでもいい奴なら放っておくが……さすがに長い付き合いだしな。
例え美樹子本人が希望しようと、そんな泥の船に乗り続けるのを黙って見過ごせないだろう? 何とかアイツも連れ出そうと思ってる。
恐らく、芳乃を説得出来れば、付いてきてくれるとは思うんだが……」
そんな話をしているうちに、気付けば僕らはぐるりとホテルを一周していた。
あまり外に居続けるのも危険だし、何より一応の話は済んでいたので、そのままロビーへ戻ることにする。
――そのときだった。
僕らと入れ替わるように……僕らと同じ制服の女子が、ホテルから飛び出してきた。