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14.構うな


 ――モノレールと連絡していることもあってか、鐘森かなもり駅のホームは上層にある。

 それを目指して僕らは、素人目に取り敢えず崩れる危険が無さそうな通路と階段を選びながら、モール内を進んでいく。


 イベントスペースだけでなく、映画館に、まるで公園のような休憩所まで内包しているこのモールは、そのデザインコンセプトも相まって、全体で一つの娯楽施設ともなっているようだった――あくまで、往時の姿なら、だけど。


 そう。今となっては、地震による崩壊と人による略奪の跡、そして……随所に残る、まるで風化の気配のない血だまりと死体――。

 それらが、ミシカルワールドがそうだったように……本来意図されていたはずの場の明るく楽しい雰囲気を、完全に逆のものへと覆していた。



「ねえ、あれって……」


 様々な専門店が並ぶ蛇行した通路を抜け、その奥にあったエスカレーターを階段代わりに使おうとしたところで……美樹子みきこがみんなを呼び止める。


 彼女の指し示す、ちょうどエスカレーターの真向かいになる少し広めの空間には……半円形の木のベンチで、寄り添うようにして休んでいる子供が数人、いた。

 年の頃は、多分10歳前後といったところで――僕らよりずっと幼い。

 なのに、周囲に大人の姿が見受けられないのは……彼らが互いに親を失った間柄だから、なのかも知れない。


「保護者の人とか、いそうにないし……あんな小さな子供たちだけで大丈夫かな……」


「――やめとけ、美樹子」


 何とかしてあげられないか、助けてあげられないか……言葉から滲み出ていた美樹子のそんな意志を、泰輔たいすけが冷静な声で切って捨てた。


「俺たちだって、自分たちが生き延びるだけで精一杯なんだ。

 それにほら、見てみろよ、起きてる奴らのあの目――」


 眠ってしまっている2人の子の側、ぴったり身体をくっつけて起きている子供たち……。

 足を止め、そんな彼らの様子を見る僕らへと逆に向けられた子供たちの目は、まるで追い詰められた獣のようで――敵意と疑念に満ち満ちていた。


「あいつらも多分、親か知り合いか……とにかく近しい大人が『あの状態』になるなりして、何かしらヒデぇ目に遭ったんだろ。

 ――自分たち以外はみんな敵だって目、してやがる。

 下手な親切心を見せたところで、手痛いしっぺ返し食らうだけだぞ。……構うな」


 美樹子はまだ何か言いたそうだったけど……それを飲み込み、うんと頷いて見せる。

 ただ、あの子供たちのことはやはり気にかかるのだろう――エスカレーターを上っていく間、彼女は何度も後ろを振り返っていた。


 ……そして、敵意と疑念の眼差しは、何もその子供たちだけのものじゃなかった。

 エスカレーターを上りきり、駅を目指す間も、それはあちこちから向けられた。


 いや――きっと僕らも、似たような目をしているんだろう。

 誰もが、同じような目に遭い、そして同じような疑念を抱き始めているんだ。


 そんな中、やがて辿り着いた鐘森駅の構内も……荒廃の気配に満ちた雰囲気そのものは同じだった。

 駅員の姿も無く、もう何の役目も果たしていない改札を乗り越えて、ホームを目指して最後の階段を上る。


 果たして――みんな考えることは同じ、ということらしく。

 ホームには、たくさんの人が集まっていた。


 だけど、そのほとんどが疲れ切った表情を浮かべて……ここまで辿り着いたにもかかわらず、キオスクの残骸や、屋根を支える支柱の影で座り込んでしまっている。

 そして、その原因は……ホームから線路に下りて、連絡橋の方を見てみればすぐに分かった。



 ――先が……無かった。


 連絡橋自体は見える限り何とか無事のようだったけど、そこへ至るまでの線路が、ホームを出てすぐの所で崩れ落ちてしまっていたのだ。



「そんな、線路が……」


 ユリの力無い言葉に、僕は小さく頷くしかなかった。


 とてもじゃないけど、ジャンプして届くような距離じゃないし――これじゃあ、どうしたって渡れるわけがない……。


「……薄々、そうなんじゃないかとは思ってたけどな……。やっぱり、か」


 そんな風に言いながら、泰輔もまた、悔しそうに顔を歪める。

 もちろん、僕らだけじゃない――他のみんなも、失意と落胆を感じずにはいられないようだった。


「もう、あたしたち、帰れないの……?」


 今にも泣き出しそうな声で呟く美樹子。

 ――すると、まず泰輔が、続いて芳乃よしのも、頭を振ってそれを強く否定した。


「まだ諦めるなよ! 鐘目島かなめじま自体はずっと前から人が住んでたんだから、この連絡橋が無理でも、他に、絶対に本州に渡る方法があるはずだって」


「そうよ……簡単に泣き言言わないでって言ったでしょ?

 さっきみたいに、他の人を心配する余裕があるなら、甘えたこと言う前にこれからどうするか、少しでも考えて!」


 いつもながらの泰輔の励ましと芳乃の叱咤を受けて、美樹子は気を取り直した様子で一言、ごめんと謝る。


 こういった光景を見ると、互いに励まし合ったり出来る人間がいるだけ僕らはまだマシなんだ、まだ前向きでいられるんだ……と、つくづく実感させられた。



 ――その後……。

 ホームは人が多すぎて、いざというとき危険だと判断した僕らは……ひとまず改札を抜けて構内に戻り、そこでこれからのことを相談した。


 けどそうは言っても、案なんていくつもあるわけじゃない。

 さして時間を割くまでもなく……この後は、役所とかが集まっている島の中心地、鐘目市内の方へ行って、図書館とかを回り、他に島から出る方法が無いかを調べる――という方針に落ち着いた。

 最悪、他に方法が何もなくて、海を渡るしかないとなっても……そのとき準備しておくものや付近の海域の潮流など、必要な情報を一緒に調べておくことも出来るはずだからだ。


 そうと決まった僕らは、大きな駅にはつきものの、元は本屋だった場所を探して、鐘目島の地図を手に入れてから……モールの中を引き返していく。

 そうして、上ってきたのと同じエスカレーターを下り、美樹子が気にしていた、あの子供たちが居た場所へ出たときだった。



「な……っ……」



 先頭を進んでいた泰輔が、絶句して足を止める。

 何があったのかとすぐさま彼に続き――そして僕もまた、即座にそのわけを理解して言葉を失った。



 ……子供たちが休んでいた木のベンチの周りは一面、血の海になっていた。



 その中には、血だまりに沈むようにして横たわる、頭を割られた子供の死体が。

 そして――


 返り血に赤く染まった、僕らと同じ制服の人物が――近くの登山用品店から持ち出したらしいピッケルを手に、立ち尽くしていた。



 それは……間違いない。

 以前にホテルを飛び出していくのを見かけた、富永とみながさんだった――。



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