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3.両立してる


「え……?」


 僕は思わず、顔を上げて泰輔たいすけを見る。


 今の方が、実はよっぽど人間らしいんじゃないか――。

 その発言の真意を訊こうと思ったけど……僕の前に立つ彼は、何も違和感無く、普段通りで。

 何となく言葉の接ぎ穂を見つけられなかった僕は、そのまま疑問を飲み込んでしまう。


 泰輔にしても、さっきの発言は特別深い意味を込めたわけじゃなくて……言葉遊び程度のものだったのかも知れない。


「――ああそうだ、ほら景司けいじ、これ」


 ふっと何かを思い出したらしく、泰輔は上着のポケットをまさぐり、何かを握り締めた拳を差し出してきた。


 促されるまま、素直に差し出した僕の手の平にコロコロといくつも落とされたのは……一見小さな電池のようにも見える、円筒形をした幾つかの金属の塊だった。

 ――銃弾だ。


「外で警官の銃と弾丸タマ持ってる死体見つけたんで、もらっといた。それ、お前の分な。

 いざってときのために、いくらあったって困るものじゃないだろ」


「……盗ってきたの? 死体から?」


 何気なく僕がそう問うと、泰輔は非難されたように感じたのか、心外だとばかりに首をすくめる。


「今さら何言ってんだよ。

 大体、俺たちが使ってる銃そのものが、お前と祥治しょうじが警官の死体から拝借してきたもんじゃねえか。

 それに、銃があったから何とか切り抜けられたようなヤバいときだって、何回もあっただろ?」


「――ごめん泰輔、別に非難しようとしたんじゃないんだ。

 何となく聞いただけで……でもそういう風に聞こえたんなら、謝るよ」


 僕はただ素直に頭を下げた。

 泰輔の言い分は事実もっともだったし、そもそも本当に僕自身彼を非難するつもりはまったくなかったから。


 泰輔も、まだ本当に頭に来るというほどじゃなかったみたいで、さして気にする風も見せずに僕の謝罪を受け入れてくれた。

 そして、「そういえば」と新しい話題を切り出してくる。


「ちょっとした情報も耳にしたよ。

 まあ、本当に、他人が話してることを耳に挟んだだけだから、全面的に信頼出来るってほどのものじゃないけどな」


 僕は貰った銃弾をポケットにしまい込みながら、相槌を打って先を促した。


「どうやら、空港の方もダメだったみたいだぜ。

 ヘリなんかも何機か飛んだらしいけど……その後墜落したとかってわけでもないのに、何の連絡も無ければ、帰ってくるのもいないらしい。

 もちろん、本州から助けが来たって話も無い……港の方と同じだな」


 島から出るための手段が1つ潰えたという悪い報せを、しかし泰輔は淡々と語る。

 けれどそれは、聞く僕の側も同じようなもので……落胆も驚きも大して無い。


 泰輔が言ったように、自分たちの目で直接確かめたわけじゃないし、情報そのものの信憑性の問題もあるけど、何より――そんな気がしていた、というのが大きな理由だ。

 別に根拠があるわけじゃないけど、多分泰輔もこの話を聞いたとき、「やっぱり」と思ったに違いない。少なくとも、僕はそうだった。


 生きて島から出て、家に戻ることを諦めたわけじゃない。

 希望は捨てずに持っている、それは間違いない。


 だけど数日前に、港がダメだと――船が戻ってこないという話を聞いた頃から、海路だけじゃなく空路もダメなんじゃないか、という予感があったから。

 もっとも、あくまで予感だし……ただ単に向こうへ着いて帰ってきていないだけ、という可能性もあるにはある。


 それに――連絡橋以外の、トンネルや洞窟のように歩いて島から出るための方法が今後も見つからなかったら、結局は僕らもそのどちらかを選ぶしかないんだ。


「あ〜……何て言ったっけな、あれ……箱の中に入れた猫は1匹でも、開けるまで中が分からない以上、箱の中には、生きている猫と死んでいる猫とが一緒に入ってるようなものだ、とかいう話……」


 唐突に泰輔が発した言葉の真意が掴めず、首を傾げながら、僕は答える。


「えっと……シュレーディンガーの猫、だっけ?」


「ああそう、それ。

 ……まさにそんな感じだと思わないか? 今の状況って」


 僕が答えに窮していると、泰輔は長椅子の背もたれに腰を引っかけ、改めて口を開く。


「今のところ、島から出られず、連絡する手段も無くて、島の外の様子がまるで分からないってことは、だ――。

 世界全部が同じようにこうしておかしくなってる可能性と、この島だけが、理屈はともかく隔離されて怪現象に曝されてるって可能性……その2つが両立してるってことだろ?

 ……まあ、もとの猫の話のことも詳しく知ってるわけじゃなし、本来の意味はまったく違うのかも知れないけどさ」


 シュレーディンガーの猫については僕も同じような聞きかじり程度の知識しか無いので、何を指摘することも出来ないけれど……なるほど、泰輔の言いたいことは理解出来る。


「まあ……どのみち島から出れば分かることだし、今は何よりその方法を探すことに専念するのが先決、だよな。

 お前も起きてきたことだし、そろそろ図書館に行こうか」


「うん……そうだね」


 泰輔の提案に頷いて同意すると、僕も放り出していた手製の槍を拾って立ち上がった。


 ――ホテルを脱出し、その後訪れた駅ビルを離れてから……僕らはずっと、駅構内の書店で手に入れた地図を頼りに、図書館や書店を巡っていた。

 島を出て本州に渡るために使えそうなトンネルや洞窟がないか、その記録を探すのが目的だ。


 もちろん、それらがどうしても見つからなかったときのために、船を動かす方法を学ぶための本なんかも見つけ次第キープしてはいるけど、それはあくまで二の次だ。

 船舶免許の参考書とか、専門書を見たからと言って、素人の僕らがそう簡単に船を動かせるわけもないと思うし、そもそも使える船があるかどうかも分からない。

 さすがに飛行機よりはマシだろうという程度で、考えようによってはイカダの作り方でも勉強した方が堅実かも知れないのだから。


 そして、何も知らない頃は、そう都合良く島外に通じているトンネルのようなものがあるのかさすがに疑問だったけど……。

 図書館や本屋を巡って色んな本に目を通すうち、この鐘目島かなめじまは昔資源の採掘が盛んで、山の方へ行けば幾つも古い坑道跡があるということや、戦時中にも軍が物資を保管するためのトンネルを掘っていたという事実があることを知った今では、それらを本州へ運ぶためのものもあったはずだと考えている。


 差し当たっての問題は、それがどんな資料に記載されているか、だった。


 トンネルや洞窟、坑道が多いということは、希望に繋がってはいるものの、同時に調べるべき資料が増えるという事実にも繋がる。

 そして、求める答えが記されている資料が、どこにでも置いてあるという保証はない。

 結果として僕らは、これまで2週間近い時間を、街を闊歩する『あの状態』の人間や、正常ではあるものの、別の意味でまともではない人間に対して細心の注意を払いながらの、市内を巡っての資料漁りに費やしてきたのだった。



 そして今日も――日付の上ではずっと『今日』なのだけど――僕らはその作業を続けるべく、休憩所にしていた診療所を出て、鐘目市内で一番規模が大きい市立図書館へとみんなでやって来た。

 その規模だけに、当初から1つの目標としていた場所でもある。


 ミシカルワールドの設営に前後して新築したのか、地震の被害を受けながらも他の建物に比べて格段に真新しくて立派な市庁舎ビルに付随する、市立図書館。

 そこは、一般的な公民館だけでなく、ちょっとした博物館なども内包しているらしくて……ぱっと見ただけでも、想像以上の規模があるようだった。



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