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4.使えるかも


「ここで見つかればいいね……」


 市立図書館が付随する、新築の大きな市庁舎ビルを見上げながら……ぽつりとユリがもらした一言に、僕は静かに頷いて同意する。


「デカいってことは、何かが隠れてたりする可能性も高いってことだ――とりあえずはみんなで固まって、危険がないか一回りして様子を見よう。

 手分けして資料を漁るのは安全を確認してからにしないとな」


「そうだよな。

 まあ、いくら何でもこれだけの人数いるんだから……『あの状態』のヤツらはともかく、ただの人間ならそうそう襲ってこようとはしないと思うけどさ」


「ちょっと岩崎いわさき……そうやって油断してるようなときが一番危ないのよ?

 怖がってその棒きれを振れないってのも困るけど、慣れてきたからって緊張感を緩めないで」


 鉄棒を握り直しながらの岩崎の言葉に、芳乃よしのが苦言を呈する。


 そんな彼女は彼女で、鋭く尖った金属製の杭を握り締めていた。

 ミシカルワールドから持ち出した金属の杭の先端を削って、さらに鋭くしたものだ。

 『あの状態』になった人間相手では一撃で動きを止めるのは難しいけど、そうでない普通の人間相手なら、うまく扱えば女子でも致命傷を与えることが出来る凶器――。


 実際、芳乃は実践によって既にそれを証明していた。

 先端部分、拭った後も僅かに付着している血の跡が、その証拠だ。


「あ、あたしも……!」


 芳乃と同じ金属の杭を手に、美樹子みきこも覚悟を口にしようとするものの――泰輔たいすけが首を横に振ってそれを制した。


「いいって、無理すんな。

 とにかくお前は、自分の身を守ることを第一に考えてろよ」


「でも……」


「……泰輔、ミキのこと甘やかし過ぎじゃないの?

 こんなときなのに……」


 遠慮がちに頷く美樹子本人には聞こえないように、小声で芳乃がぼやく。


 ただ……そうは言っても彼女自身、精神的に弱っている美樹子が、人を手に掛けるという一線を越えることで、さらに不安定になることを危惧してもいるんだろう。

 苛立ちを見せつつも、このことについては、甘えるなといつものように本人を強く叱ったりしなくなっていた。


 また、美樹子自身、そういった親友の性格が分かっているからこそ、これまで拒否されながら、なおも自分も覚悟があると口にするのかも知れない。

 その真意が、ただ甘えないように、足手まといにならないように――って決意のためか、自らの立ち位置というか居場所を守るための、意識的かどうかはともかく計算による、言い方は悪いけどパフォーマンスのようなものなのか……それは分からないけれど。


 ともかく僕らは、泰輔の提案通り、これまでと同じように一丸となりながら……市庁舎の中に足を踏み入れる。


 入り口周りのガラスなどは大半が砕けていたものの、耐震性自体は高いらしく、地震の影響は外の様子から想像した以上に少なかった。

 また、それに伴って電気は概ね生きているようで、天井の高いエントランス内をぐるりと見渡せば、外から射し込む毒々しい金色の陽光と、飛び散った血飛沫の赤の中……色んなデザインの電球が、至る所で負けじと各々光を放っているのが分かる。


 取り敢えず、電気が生きているのは幸いだ。

 夕日――正確には違うのかも知れないけれど、表現としてはそれが一番近い――というのは明るいようでいて、濃い影を意外に多く作り出すものだし……それでなくても、屋内は必然的に暗がりが増える。

 敵意を持つ存在に不意を突かれないためにも、そういった見通しの悪い場所は少なければ少ないほどいい。


 さすがに不穏な雰囲気がまったく無いわけじゃないけど、比較的小綺麗ではあるし、立地条件も良くて。

 またビル自体の大きさも、いざというとき逃げたり隠れたりするのに便利そうなので、中の様子によっては、これからの活動拠点の1つとして使えるかも知れない――。


 そんなことを話しながら、エントランスの案内図で図書館の位置を確認した僕らは、内庭を横切る形で別棟へと続く、トンネルのようなガラス張りの渡り廊下に足を進める。


「図書館だけじゃなくて、郷土資料館も併設されてるみたいね……。

 島外に続くような洞穴の記録となると、そっち調べた方が早そうじゃない?」


 渡り廊下の分岐点にあった案内表示を見た芳乃の提案に、みんな考えながら、口々に意見を述べる。

 概ね賛成の方向だった。


「確かにそうかもな。……景司けいじはどうだ?」


「僕もいいと思う。

 展示されてる資料を一通り見るだけならそれほど時間もかからないだろうし……直接正解じゃなくてもそれに繋がるものがあれば、細かい資料とか記録を調べるときの参考に出来ると思うしね」


「だな。――よし、それじゃ、図書館の方の様子を一通り確認したら、続けてそっちにも行ってみよう」


 みんなで方針を確認し合うと、僕らは改めて図書館に繋がる入り口に向かう。


 廊下と図書館を隔てる、2つの自動ドアに挟まれた短い通路の周囲は……ちょうどそこで大きな争いでもあったんだろう、酷く荒れ果てていた。

 長机や椅子の残骸が散乱する中に、真っ当に廊下に転がっているものから、自動ドアに頭から突っ込んでいるものや、壁にめり込むようにして潰れているものまで――いくつもの屍が重なり合っている。


「『あの状態』になったヤツを図書館に誘い込んで、ここで防衛線でも敷いたりしてたのかな。

 ……もっとも、この様子じゃ崩壊したみたいだけどさ」


 周囲の酸鼻極まる状況を見渡しながらの岩崎の言葉に、同じく様子を確認していた泰輔は頷いて同意する。


「そうだな……でも見ろよ、この死体なんて、明らかに後ろから襲われてる。

 多分、自分たちが守ってるつもりの人間にでも不意打ちを受けたんじゃねえかな」


「それって、守られてた人たちが『あの状態』に、ってこと……?」


「夢見の危険性に気付いてなきゃ、そうなったって別におかしくないでしょ。

 ……あくまで推測だし、どこまで正しいかは分からないけど」


「……とにかく――」


 僕は改めてみんなを見回した。


「死体に変化が出ない以上は、この人たちが死んだのがいつなのか分からないんだ。

 ごく最近のことなら、まだ奥に、『あの状態』の人間が潜んでるかも知れない――気を抜かないで慎重に行こう」


 緊張感を高めた表情で、みんなが頷き返してくる。

 僕も、いつでも咄嗟に使えるように、改めてベルトに挟んだ銃の位置を調整すると……周囲に注意を払いながら図書館の中へ足を踏み入れた。


 ……靴の裏に伝わってくるのは、ここまでの廊下の固い感触とは違う、カーペットの柔らかさ。

 場所柄、足音があまりうるさくならないようにという配慮だろうけど……今のような状況だと、物陰にいる者の足音まで聞き取りにくくなるわけで、正直迷惑だ。

 そのことに、泰輔と2人で不満をもらしつつ……改めて辺りを見渡す。


 さすがに建物自体が新しい上に、蔵書数も多い大きな図書館だけのことはあり、あえて必要以上に空間を大きく取ったと思われるその広さに驚かされる。


 個々の本棚の高さはそれほどでもないものの、中心になっているフロアは、閲覧用の机やベンチ、雑誌や新聞のラックがメインの最下層から上部が大きく吹き抜けていて……。

 一番上の、多分明るさが調整出来るようにもなっている、ガラス細工のような半球形の採光窓まで、まさに見上げるほどの高さがあった。


 そして、その円筒形の空間を横割りに、本の分類別に2階、3階と階層が設けられていて、吹き抜けを取り囲むように本棚が並んでいるさまが――そのうちの幾つもが地震によって倒れているものの――入り口近くのここからでも窺えた。


「……本の量が、今まで見てきた場所の比じゃねえな……これは間違いなく、芳乃が言った通り郷土資料館から調べる方が賢明だろうな。

 もうちょっと手掛かりか指針が無いと、これだけの本ひっくり返して調べてたら、何年かかるか分かったもんじゃない」


「そうだね……。

 ここなら、蔵書を検索するための端末もあるだろうけど、それが使えたとしても細かい内容までは分からないんだし、他にも、書庫に眠ってるものとかがあるかも知れないし……」


 泰輔に続いて、僕も思わずため息をもらしてしまった。

 本自体は嫌いどころか、むしろ好きな方なので、こうして多種多様にずらりと並んでいるところを見ると、それだけでわくわくするような気分になる――いや、なっただろう。


 でもそう、それはあくまで平時なら、という話で……今の状況では、最悪、必要としている情報をこれだけの本の中から探さなければならないのかと、気が滅入るだけだ。


 ……ともかく、初めの予定通り、資料を探すときの安全確保のためにも内部を一通り見て回ろう――と、足を踏み出しかけたときだった。

 僕は唐突に、傍らのユリに名を呼ばれた。


「景司くん、あれ、あそこ……!」



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