――それから僕と
空間を縦に使って作られていた図書館と違い、資料館の方は、よくある博物館や美術館と同様に、平面に広い作りをしていて……。
市庁舎に併設されているぐらいだから、いわばおまけのようなもので、それほど大したことはないんじゃないかと思っていたのだけど……実際には、図書館に勝るとも劣らない規模をもつ、立派な資料館だった。
興味がある人なら、これだけでも充分、1つの観光スポットになりえるかも知れない。
また、幸運なことに――と表現すればいいのか、所々に争ったような跡と死体はあったものの、この資料館にも、『あの状態』になった人間は1人も潜んでいなかった。
もしかすると本当に市庁舎にいた全員が、図書館へと、誘い込まれるなりして集められていたのかも知れない。
それでも僕らは、安全のために1人ではぐれたりしないよう適度に距離を保ちつつ……それぞれ、陳列された展示物を調べて回る。
「こうしてると、まるで普通の修学旅行やってるみたいよね……皮肉なことだけど」
「……そうだね。分かるよ」
僕と向かい合って、ケースの中に陳列された、土地の旧家に残っていたというほとんど原型を留めていないような古銭や装飾物を覗き込みながら……。
それにしても……こうして改めて歴史的な遺物や資料を見ていると、この
それは大半が取るに足らない些細な、勘違いや錯覚の一言で済ませられる程度のものなのだけど、こうして一つ所に数が集まると、1つ1つの現象より、そのこと自体に意味があるような気がしてくるぐらいだ。
思えば、パークを脱け出してホテルに戻っていた頃、
この島そのものが何か変だ――と、そういう解釈に至るのももっともだとさえ感じる。
「……あっ! みんな、ちょっと来て!
この記録とか、そうじゃない!?」
……思索に耽っていた僕は、芳乃の大声に、思わず顔を上げる。
気付けば、別の陳列ケースの方へ移っていた芳乃が、みんなに向かって手招きしているところだった。
呼ばれるままに近付いてみると、そこには、近代の歴史にまつわる品や記録が並んでいる。
そして、その中の1枚の写真――それが芳乃が指し示すものだった。
どうやら昭和初期のものらしい、『
さらにこのトンネル、先の大戦中には軍が槻島に物資を集積しておくのに利用した、という記録もあることを考えると……少なくとも数十年前までは利用されていた、頑健な作りのもののようだった。
「………? 槻島トンネルって、何か聞いたことあるような……。
あ! そうだ――!」
そして、さしたる間もおかず、クリアファイルに挟まった写真のようなものを取り出す。
それは、学校から配布された旅行のしおりとは別の、鐘目島の観光協会が独自に発行しているらしいパンフレットだった。
美樹子のことだから、駅かホテルに着いたとき、記念品の意味も含めてもらっていたんだろう。
「ほら、これ……!」
鐘目島の観光スポットが紹介されているそのパンフレットは、当然と言うべきか、そのほとんどがミシカルワールドに絡んだ内容で埋められていたものの……。
美樹子が開いて見せた箇所には、それとは別の、観光地としてはどちらかと言えば地味な、全国的にもさほど有名とは言えない名勝や史跡が幾つか載せられていた。
そして、その中に――あったのだ、当の槻島トンネルの名が。
「おいおい何だよ、観光地だったのか?
とんだオチだな〜……」
「よく見なさいよ。これ……紹介文には、本州どころか槻島に通じてるとさえ書かれてないのよ? そりゃ気付かないはずよね……」
「実際、観光スポットだったってのは結構盲点だけどな。
……でもこれ、どうして本州まで通じてること書いてないんだ? 紹介文からすると、途中までは入れるってことなんだから、埋まっちまったってわけでもないだろうに」
泰輔は首を捻った。
「そうだね……古くなったから閉鎖されただけだとしても、このトンネルの意味はそこにあるんだろうし。
ただ単に、紹介文のスペースが小さかったから、ってだけかも知れないけど……」
僕としても、考えられる答えはその程度のものだった。
同じように首を捻っているのと何ら変わらない。
けれど、ともかくこの島から出ようという、僕らの計画に光明が射したのは確かだ。
改めて僕らは、図書館の方も利用して、みんなでこの槻島トンネルに関する情報を集めることにする。
――さすがに、調べる対象がはっきり分かっていると効率が違った。
探せば探すだけ、このトンネルのことに触れている本が見つかったのだ。
……ただ、あまり細かい専門的なことを知っても仕方ないので――。
今はとにかく、このトンネルの正確な場所と長さなどの大まかな構造、そして本当に本州に通じているのか、今でも通れるのか――という重要なポイントだけに的を絞って、手分けして適当な本を調べていく。
一応は観光地でもあり、島内ではそれなりに有名な場所というのもあるんだろう。
このトンネルのことだけに触れたような本もあったので、これらの作業もさほど時間はかからなかった。
そしてそれらの本によると、やはりトンネルが本州まで通じていたのは間違いないみたいだ。
しかも、地震や事故で崩落したという記録もない。
ただ……戦後すぐに使われなくなって、閉鎖されてしまったらしい。
「閉鎖って言っても、今でも途中までは入れるようになってるんだし、爆破して塞いだとか、そういうんじゃなくて……ただ立入禁止にしてあるだけなんだろ?
じゃあ、まだ使える可能性は高いってわけだな」
「うん、そうだと思う。でも――」
開いていた本を閉じながら、引っかかるものを感じた僕は……考え考え、そのことをみんなに向かって問いかけてみた。
使われなくなったから閉鎖、とあるけど――その『使われなくなった理由』については、どの本にも、詳細は何一つ記されていないこと。
そして、それはまるで――意図的にそこに触れるのを避けているかのようにすら感じられるってことを。
僕の意見を聞いた泰輔は、笑い飛ばすと言うわけじゃないけど、眉を寄せたまま、小さく首を横に振った。
「それはさすがに考えすぎだろ。
近くを通る道路とか、利便性の兼ね合いもあるだろうし……むしろ事細かに書くまでもないことだったんじゃないのか?」
さらに、芳乃も泰輔に続く。
「あたしも泰輔の意見に賛成ね。ちょっと神経質になり過ぎじゃない?
……大体さ、どのみちあたしたちには今のところ、ここを通って本州へ戻るっていう選択肢しかないわけだし」
……そう。芳乃の言う通りだった。
結局のところ僕らには、比較して選べるようなもう一つの道があるわけじゃない。
通れないというならまだしも、通れるのなら、選ぶ道はそこしかないんだ。
そこはかとない不安は消えない。
だけど、当然の帰結として――相談の結果、僕らは。
充分な休息を取り、必要と思われる道具の準備を終えたら……郊外の山間にある、槻島トンネルへと向かうことになった。