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10.信じよう


 2日ほどの時間を費やし、市内の工事現場やお店を巡ってシャベルやツルハシ、ロープに懐中電灯といった道具を準備、さらに出来る限り武器の新調も行った僕らが、拠点の市庁舎を出て、槻島つきしまトンネル近くに辿り着いたのは――。

 それからさらに、2日は経ってのことだった。


 現在の状況だと、味方どころか障害にしかなりえない他の人間を避けながら……地震の影響で道路の各所に崩落や亀裂といった通行制限が生まれ、迷路のようになっている都市部を抜けて。

 さらに、島の端近くの山中にまで進むのは――決して楽な道のりじゃなかった。


 けれど、もう少しで本州に――いては家に戻れるという希望が、僕らの背中を押していた。


 さすがに別の島、さらには本州へと続くトンネルだけあって……整備された道路に沿って下り、峡谷の間に入り込んでいくように延びる道が、槻島トンネルへ続くルートだった。

 山中でも、各所に土砂崩れや地滑りは見受けられたものの――幸いにも、それが迂回すら出来ないほどに行く手を遮ることはなくて。

 一応はパンフレットに出ている観光スポットということもあり、所々に設けられた案内に従いながら……。

 脇道に逸れるような形で続いている、すっかり寂れた古い線路跡を進んだその先の岩壁の斜面に――目指すトンネルは、ぽっかりと大きく口を開けていた。


 入り口のすぐ脇に、恐らくもとはトンネルの管理小屋だったものを改築したらしい、案内所兼休憩所といった雰囲気の建物があり……。

 さらに、入り口前にきちんと柵が張り巡らされている辺り、ミシカルワールドなんかとは比べるべくもないけれど、確かにここも一応は観光地なのだと納得させられる。


「さて……。

 ここまで来たら、トンネルを抜けた先に、このクソったれな太陽が出てないことを祈るばかりだな」


 言って、泰輔たいすけは崖の合間から顔を覗かせる太陽を睨み付ける。


 ……ここへ来る間にも見かけた、不快極まりない、異常な『声』を発するようになった『あの状態』の人間たちと。

 さらなる恐怖を煽るその様相に怯えながら、たむろし、ときには無意味に争う、すっかり生気を失った普通の人間たちの姿――。


 それらは、世界がさらに悪化の一途を辿っているという不安を感じさせたけど、それでもなお、太陽は動く気配を見せず……。

 懸命にもがく僕らを嗤うように、毒々しく金色に輝きながら、ただただすべてを赤く染めるばかりだった。



「地震で崩れたりしてないか心配だったけど……思ったより被害は少なそうね」


「奥の方もそうだったらいいんだけどな。

 ……とにかく、行ってみよう」


 口を開けた穴の中は、いかにも昔のトンネル、といった風情が漂っていた。

 冗談めかして言えば、それこそ幽霊でも出そうな感じだ。


 観光スポットとして整備し直されたからだろう、アーチを描く天井には一直線に強い光を放つ照明が並んでいて、そのままでも歩くのには不自由しないけど……何となく僕らは、それぞれ手に持っていた懐中電灯のスイッチを入れていた。


 トンネルは、緩やかな下り坂になっていて、その向こうから――どれほど先からかは分からないけれど――ひんやりとした空気が流れてきている。


枕木まくらぎとかでつまずかないように、足下気を付けろよー……」


 先頭を行く泰輔の声が、トンネル内に反響する。

 それが意外に大きくて、下手をするとトンネルに何か影響が出るように感じたのか……次に同じような注意をするとき、泰輔の声は随分と控えめになっていた。


「ミシカルワールドの地下を逃げてたときのこと、思い出すな」


 ぽつりと呟く岩崎いわさきに、僕は相槌を打つ。


「思えばあれ以来、どこへ行っても太陽の赤い光がついて回ったからね……」


「そうね。本当に、さっきの泰輔じゃないけど……ここを抜けた先が、爽やかな朝とまでは贅沢言わないから、せめて――夜であってほしいわよね」


 続けての芳乃よしのの言葉に、美樹子みきこが、そしてユリが、何度も頷いて同意していた。


 そして――エマさんから受けた忠告のこともあって、僕は多分他の誰よりも緊張していたと思う。


 だけど、それをまるで取り越し苦労だと言わんばかりに……トンネル内は平穏そのものだった。

 彼女の忠告とは無関係な、地震による崩落などの障害もまるで無い。



 ――そうして、慎重に30分ほど進んだ頃だろうか。


 僕らの前に、『ここから先は進めません』の文字が大きく書かれた看板と……トンネルを塞ぐ、明らかに後から取り付けられたのが分かる幾分新しいフェンスが立ちはだかった。


「見学コースはここまでってことだね。

 ……泰輔、奥はどう?」


 いち早くフェンスに取り付き、その向こう側を見据えていた泰輔に尋ねる。

 泰輔は奥の方を向いたまま指で輪っかを作り、大丈夫だと報せてくれた。


「取り敢えずは、崩れたりしてる感じじゃないな。

 ただ単に、見学場所をここまでにしただけらしい」


「……それで、このフェンスどうするの?」


「ああ、それならこっちに関係者用の扉があるぞ」


 美樹子の問いに答えながら、岩崎はトンネルの端の方へ歩いていく。


 彼の行く先には、確かに関係者専用と銘打たれた扉があった。

 ただ、しっかり鎖を巻き付けた上に、南京錠で施錠してあるようだ。


「その錠、どうする?

 上にあった案内所まで、鍵を探しに戻った方がいいかな」


「なーに、大丈夫だよ。

 鎖だって錆びてるし、このぐらいツルハシで――って、あれ?」


 今まで使っていた鉄棒の代わりにと、武器も兼ねて持ってきていたツルハシを振り上げながら扉の前に立った岩崎は……首を傾げながら、それを下ろした。


「どうしたよ、岩崎?」


「……これ、開いてるぞ」


 言って、岩崎は扉に手を掛けて軽く向こうへと押す。

 彼の言う通り、扉は耳障りに軋む音を立てながら……ゆっくりと開いた。


 改めてよくよく見てみれば、鎖も南京錠も、扉に引っかけてあるだけのようだった。


「初めから鍵かけてなかったのかな」


「……違うわ、よく見て。

 鎖の巻き付いてた跡が残ってる。南京錠も。つまり――」


「最近になって誰かが開けた、ってことだね?」


 鎖と南京錠に近付けていた顔を上げて、芳乃は頷いた。

 ……何とはなしにみんな、扉の向こう、立入禁止区域の奥へと視線を向けてしまう。


「まあでも……それほど奇妙なことでもないよな、考えてみれば。

 余所者よそものの俺たちでもここに辿り着いたんだ――もともと知ってる地元の人間ならなおさら、もっと早いうちに、島から出る手段の1つとして試してるはずだもんな」


「その人たちは……無事に向こうまで辿り着けたのかな」


「そうだと信じようぜ。

 ……さあ、俺たちも行こう」


 ぽつりと呟いた美樹子を元気付けるようにその肩を叩き、扉をくぐった泰輔は再び先頭を歩き始める。


 ……そう、ここまで来たら信じて進むしかないんだ。


 僕らも余計なことを考えるのは止め、泰輔に続いて立入禁止区域へと足を踏み入れる。


 立入禁止区域とは言っても、特別これまでと何が変わるわけでもない。

 新しい照明は相変わらず続いているし、足下の線路も同じ調子だ。


 けれどそれも、先と同じようなフェンスが再び立ち塞がるまでのことでしかなかった。


 前のものよりずっと頑丈そうな、いかにも行き止まりだと言わんばかりのそのフェンスより向こうとなると、新設された照明も無くて――塗り込められたような闇が広がっている。

 また、フェンス近くの壁には大きく窪みが穿ってあって……中には、小さなほこらが祭られていた。

 恐らくは、このトンネルや線路の整備を手がけていた人たちが、作業の際に安全などを祈願していたものなんだろう。


 けれど今では、フェンスの近くという位置もあって、まるで何か……目に見えない境界線を表しているような、暗示的なものが感じられて――。

 正直なところ、見ていて気持ちのいいものじゃなかった。


「……やっぱり、誰かが先にここへ来たんだな」


 泰輔が、フェンスの下部に懐中電灯の光を向ける。

 ……そこには、人が這ってくぐれるほどの穴が開けられていた。


「手間が省けてよかったじゃない。利用させてもらいましょ」


 僕らは1人ずつ順番に穴をくぐり、向こう側へと抜ける。

 懐中電灯で、照明の光が届いていないさらに先を照らしてみると……まだしばらくは下り坂が続くみたいだった。


 一応は海の下を通るわけだから、それなりの距離を下るのは分かるけど――。


 道の先が、光の届かない闇の中へ飲み込まれているのを見ると。

 どこまでも果てなく、地の底の底まで下っているかのような……そんな錯覚に、不安を覚えずにはいられなかった。



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