その一瞬での世界の暗転は、あまりにも鮮やかで――。
懐中電灯が消えたのか、照らすことの出来ない大きな闇が覆い被さってきたのか、初めから闇しかない景色を見ているのか……それすら分からなくなる。
「みんな、落ち着いて!
見えなくてもほとんど一本道なんだ、落ち着いてすぐそこの脇道へ入って――」
何とかしようと大声で指示を出すも、すぐにそれは別の――もっと衝撃的な悲鳴に塗りつぶされてしまった。
「あああああっ!? や、やめろ! やめろォ!!
み、見るな! 見るな見るな見るな見るなあっ! アア、アアァァァ――!?」
恐怖に染まりきった絶叫が、その底知れない恐怖を、容赦なく撒き散らす。
一条の光もない真の闇の中、すぐ側で、誰かに何かが起こっている――。
そう思うと、もう僕自身、落ち着こうとか、何とかしようとか、そんなことを考えていられる状態じゃなくなっていた。
夢中で、何とか場所を覚えている脇道へ入り込み、手探りしながら、ひたすら真っ直ぐに来た道を戻り続ける。
その間も、追い立てるように、嘲笑うかのように――。
耳の奥ではあの不快な『声』が渦を巻いて、一色に染まった闇の中では、何かが――そう、きっと『小さい何か』が、こちらを凝視しながらざわついていた。
……ここはもう違う、人の世界じゃない、人のいられる場所じゃない……!
僕は逃げた――。
一面の闇の中を、
血で真っ赤に染まった赤いカーペットの上を。
一面の闇の中を、
芋虫のようにのたうつ子供がいる白い部屋を。
一面の闇の中を、
男の子と女の子が話す教室の中を。
消えては現れるはっきりした光景と、はっきりしない光景の混沌の中を。
――地獄と悪夢の境界線を。
何を踏みしめているかも分からない足で、
何に触れているかも分からない手で、
必死にもがき、地上を目指してただひたすら、僕は逃げ続けた。
そうして、気が付けば――。
いつの間にか僕は、あの毒々しい太陽の光を全身に浴びながら……トンネルの入り口前に立っていた。
けれど――すぐ後ろではまだ、嫌な響きのある声が、していた。
「帰りたいィぃッ!
帰りたい、帰りたい帰りたい帰りたいよぉォーー!!」
頭を抱え、髪を振り乱しながらそう繰り返しているのは――
僕に気付いているのかいないのか、何度も何度も同じ言葉を繰り返しながら近付いてくる美樹子。
……そして、限界まで見開かれた、その大きな瞳は――
「うわあああっ!」
僕は銃を抜いていた。そして、無我夢中で立て続けに引き金を引いていた。
正確に狙っている余裕なんてなかった。
それでも、距離が近かったから何とか命中したんだろう――。
美樹子は、弾かれるようにして勢い良く仰向けに倒れ込んだ。
その頭を中心にして……乾いた地面に、血溜まりが広がっていく。
「はーっ、はーっ、はーっ……!」
……銃が、とにかく重かった。ただ持つのも億劫なほどに。
それでも、だらりと下がった手を必死に持ち上げ、ベルトに戻していると――
「何で――何で撃った!」
いきなり横から肩を掴まれた。
僕の目の前には、今まで見たこともないような
「泰、輔――」
「答えろ
「何で、って――」
不意に、かっとなった。
身を守るために必死だっただけなのに、謂われのない非難を一身に受けている気がして。
「そんなの決まってるじゃないか! 泰輔は見てなかったの!? 目が痙攣してた! あの嫌な動きになってた、『あの状態』になってたんだ!
だから、こうするしかなかったんだよ――!!」
ふっと、肩を掴んでいた泰輔の手から力が抜けた。
「『あの状態』に? まさか――ウソだろ?」
込められていた力と同じに、急速に怒気の失せていく泰輔を見ていると、僕自身の高ぶりも合わせて――どうして頭に来たのかすら分からなくなるほどに、しぼんでいく。
「……本当、だよ。
でなきゃ、誰が好き好んでこんなこと……!」
視線を落とす。
泰輔は、そんな僕の脇を抜けて、倒れた美樹子の側にしゃがみ込んだ。
「……美樹子――」
「しょうがなかったよ、景司くん。しょうがなかったんだよ……」
ぎゅっと僕の服の裾を掴んで、絞り出すような声でそう慰めてくれたのはユリだった。
さらに、足音がするので顔を上げると――ちょうど
この暑いぐらいの気候の中で、それでも寒いというのか……自らの身体を両腕で掻き抱き、歯の根をカチカチと鳴らしながら。
そんな芳乃は、美樹子の近くまで歩み寄ると……その亡骸を見下ろす。
「ミキ……見られたのね……。
見たりするから……見られるのよ、見るのよ……。
バカな子……甘えてたって……誰かが何とかしてくれるわけもないのに……。
じ、自分で、自分で逃げるしかないのに……あの、あの小さな……白い小さな……混沌……そう、混沌、混沌……!
見られないように……見られないように……! み、み、見られないように――!」
「芳乃、君は……」
ぶつぶつと、誰にでもなく言葉を呟き続ける芳乃――。
その虚ろな表情にはいつもの気丈さどころか、生気すらなかった。
声を掛ければ、反応もするし、まったくコミュニケーションが取れないわけじゃないけれど……そこには僅かな、けれど致命的なまでの
「芳乃も……見ちまったんだな。
きっと、
泰輔の悲痛な言葉に、僕は力無く頷くことしか出来なかった。
――そして、それから3時間待ったけれど……結局、
僕と泰輔は、手近な道具を使って穴を掘り、美樹子を埋葬すると……芳乃とユリを連れてその場を後にした。
ほとんど会話らしい会話も交わすことなく、示し合わせたわけでもないのに、足の向くまま帰り着いた先は、あの市庁舎で。
そして、僕も含めて残った4人――もう一度あのトンネルに潜ろうだなんて、誰一人口にはしなかった。