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第17話 子猫と番犬はそれぞれ決意し

  猫宮ねこみや小桜こざくらはゆっくりと深呼吸をした。


 魔力切れ。体の中から一気に凍りつくような体験で、意識は途切れた。

 あまり気持ちのいいものではないが、足を引っ張らない限りきっと自分は何度でも繰り返すだろう。


 慧士けいしも悔しがっていたが、一人で戦う紫里ゆかりに守られて何も出来ない自分が苦しかった。

 いつもと同じ――ただ守られるだけで役に立たない存在。


 ステータスと唱えると、『ジョブ』もレベル一になっていた。キラーラビットを倒した時の恩恵だろう。


[おねえさん、だいじょぶ?]

 話しかけてきたのは、魔物を連れて囮に走っていた女の子の一人だ。

「大丈夫よ、ありがとう」


 兎田山うだやまのように異世界語は話せない。それでもその表情である程度は察せる。


 こんな――中学生になるかならないかの年に見える――女の子。この子には、魔物が日常なのだ。

小桜は、敢えて危険を犯さなければ知らないフリをして、魔物など存在すら分からないまま過ごせたのに。

 この少女たちは、そもそもそんな平和すら知らない世界で育っている。


「助けるからね、もっと強くなるわ、もっともっと――」

[おねえさん、体いたいの?だいじょぶ?シーニュが何か持ってこようか?]


 少女の手をとったまま、小桜の頬を涙が伝う。

 存在意義だとか、承認欲求だとか。そんなもののプライドの為に戦うことより、この手の中の小さな温もりを護りたい。


「守る――から」


 今まで慧士に、守ってみせると言われる度に、自分はそんなに頼りなく弱いのかと思う反面があった。

 弱いのだ。一人ではこんな小さな女の子を守れないほどに。そして、努力さえすれば、小桜には守れるだけの力が存在することを。


 二人で――いや、三人で強くなりたい。

 このエンドゲートが、続く限り。


*****


 異世界村では、小規模な宴会ムードになりつつあった。

 見たことがない果物や、見知らぬ肉が運ばれ、襲われる前のスライムや『魔核』を買い取られたあとに、犬丸はひとしきり囲まれている。


 兎田山は、ビックスパイダーたちをアイテムボックスから出して写真をとり、その後老人たちに捕まっていた。

 猫宮は、意識を回復したあと少女と話し込んでいるのが見えたが、そこには割って入れない空気がある。


 昔から、というか昔は特に多かった。頑なに、自分の小さな世界を抱えている。

 それは猫宮のパーソナルスペースだと犬丸は思っていた、そこに踏み入るだけの権利は自分には無いと。


 ただ、壊れそうに掲げている猫宮のそれは、自分だけでも守りたかった。

 小さな小さな、儚い世界。それは時に無遠慮な大人の一言で壊れたりもしたし、犬丸が守ることで小さな亀裂も入ったりもした。


 ――ただ、自由でいて欲しかった。

 自分がいることで負担が増えるならと少し距離をとったこともあったが、猫宮の美貌に隙を与えるとどうしてもろくな事にならない。


 私立ティーア学園に転入してからも、校内ではベッタリしないように気をつけたし、猫宮にちょっかいを出す男どもにはほどほどに締め上げた。


 こんなことをしてていいのかと自問自答もしたが、猫宮から絡まれてて助かったと言われればその気持ちは正当化された気がした。

 本当は異世界ゲートなど、潜らせたくはなかった。それでも、猫宮の強い気持ちに諭されて――犬丸はとどのつまり、何処であろうとそばに居たいだけなのだ。


 戦うというのなら、それは優先して。あとは自分が守ればいい。

 それなのに、倒れさせてしまった。兎田山がいなければ、そもそもその身も守れなかった。


――強くなりたい。


 護るためには、必要なのは強さ。

 そしてここでは、その強さはレベルとして目視確認できる。

 手に入れてみせる。自分は盾となるのだ。


 最も、愛おしい存在を傷つけない為に。

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