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第20話 新しい店にいたのはこの人でした

「やっとパーティ組んだのか、兎田山うだやま

「大変複雑な気持ちですが、その通りです」


 三人揃いのケープ付き冒険者服に身を包んで、兎田山はなんとも言えない顔をした。

 犬丸の、手作りのクオリティを超えた見た目既製品の服である。


  付与エンチャントは『耐久』のみにお願いした。毎日着るので、夜帰宅してから乾燥機付きの洗濯機に入れている。折角の手づくりが直ぐに痛まないようにの付与エンチャントだ。

 お揃いで三人が訪れたのは、恒例、おおとりの店である。


 犬丸の武器の魔銃に、『耐久』と『軽量化』の付与エンチャントをしてもらっていたのを受け取りにきたのだ。

 前日には猫宮のアイアンソードも付与エンチャントしてもらっている。


「向かいの店には顔だしてんだろ?あれ、お前らのとこの同級生だろ?」

「同級生??」

 まだゲート関係者がいるのか。


 犬丸は早くゲートに行きたくて半ば話を聞き流していた。

 なにしろリュックが重い。弁当五個、十数個のチリソースの瓶と、今日は中華だしまで持ってきている。


 ゲートの中ではアイテムボックスが使えるが、ゲートの外では自力で持つしかない。この店ではアイテムボックスも使用できるが、やっていることはグレーゾーン。鳳の前で大っぴらにやって、外に広まることは避けたい。

「あの店の魔力ポーション、飲みやすいぞ」

「へえ、それなら買いに行ってもいいですね」

「それなら、『スキル』も一回でヘトヘトになるのから解放されるのね」


 レベル三の犬丸も猫宮と同じく『スキル』はまだ一回使えればいい方だ。

 通常の攻撃なら連発可能だが、攻撃力は低く、決め技の一閃射フラッシュショットは温存してエンドゲートを潜っている。


 しかも魔銃の弾丸は、犬丸の魔力から出来ているので、魔力回復は必須だ。猫宮は必殺スキルを使わなければ、通常攻撃に魔力は使わない。


 兎田山は、というと水魔法使いなので、水が溢れるだけで攻撃するには水斬撃ウォータースラッシュだけが攻撃手段らしい。


 何だかんだと、向かい側の店に行くことになり犬丸は荷物を背負い治す。

 兎田山も、メモ帳やらソースやらを持っていて重いはずなのに相変わらず涼しい様子なのが何か腹が立つ。


「こんにちはー!」

 兎田山が慣れた挨拶をして、店の扉を開ける。

「へっ、へへへへへい、いらっしゃいませよー、いいもの沢山ありますですよーけへへへへへ」

「魔女?!」

 思わず犬丸が口走るほど、店全体が暗い。


 黒いローブを頭からかぶり、見た事ないほどの引き攣った顔の女子。店の奥にはこれぞ魔女と言わんばかりの釜。

 犬丸は、思わず猫宮を抱き寄せる。


鹿下かのしたさんじゃないですか!ポーション屋さんだったんですか?!」

 兎田山は知り合いだったのか、驚いた声をあげた。

「うへへ、そうです……買いませんか?」

「買いますよー、お幾らですか?」

「えっっ買うんですか?!」


 勧めた側が驚いてどうするんだと思ったが、それくらい売れないのかもしれない。

 とりあえず愛想笑いのはずの、凄まじい引き攣り顔をどうにかすべきだと思う。


「みなさん、ドアを開けてからすぐに去ってしまうのに」

「店内が暗いんだよ、そもそも!あとその引き攣り笑いと顔が怖ぇ」

慧士けいし!女の子に向かって」

「いいんです、ホントのことなんで、虫けらの蛆虫なんでほんとすいません……」


 これでも、犬丸としては初対面の女子に優しくしたつもりだ。

 兎田山からは呆れ顔、猫宮からはじとりとした目線を食らって、アウトな対応だったと知る。


「途中編入生はみんなゲート関係者だと思うべきですね。鹿下さん、犬丸くんの言う通り照明をもう少し明るくしては……?」

「電気代がかかるのが嫌で……下等なモブの顔も見られたくないですし」

 猫宮が、つま先立ちして犬丸の耳元にこそりと言う。


紫里ゆかりくんも、モブモブ言うけど随分空気が違うのね」

小桜こざくらたぶん、兎田山をモブの代表だと思うことが違ぇと思う」

 人と接するのが、鹿下は苦手なようだ。


 明るく元気に大声で「僕はモブですから!」と言う人間に感覚が麻痺していたが、本来はこんな感じなのかと思うと、もう少し優しい対応をすべきだったと犬丸は反省した。


「売り物は魔力ポーションですよね?」

「体力ポーションもありますですよ」

「スキップ機能を使わないでお喋りした仲じゃないですか、僕に気を使わないでください」


  スキップ機能?そんなものがレベルをあげたら付くのか?

  一瞬信じかけた犬丸だが、怯えたヒキ顔の鹿下を見て、また兎田山用語に騙されたと気がつく。


 だいたい、兎田山が始まりの村とか始まりの平原とか言っていたので、ゲームをしない犬丸はそれが正式名称だと思っていたが、そんなはずもなかった。

 アルタ村でそれを言ったら、商人のシュトルトを含めて爆笑された。いい恥さらしである。


「ということは、鹿下さん、レベルあげしたんですね」

「アメ……他国……えっと……他の国のゲー……実は修行したので、うへへ」

「うへへやめろ!つーか、他国?!アメリカにもゲート……」


 咄嗟に兎田山に口を塞がれて、国家の軍事機密のとんでもないことを聞いてしまったことに気づく。

 兎田山には、安易に大声を出さなくて済んだことに感謝したいが「推し……推しの口元……これは手を洗えませんね、最高か」という呟きに、犬丸の感謝は消え去った。


「そうですか、あちらで……」

 納得顔の兎田山は、この事態を想定していたらしい。

 犬丸も猫宮も、想像もした事がなかったので、顔を見合せて驚きを再確認する。


「生産職を、がっちり固めてトドメを譲ってレベルあげする感じですかね」

「え、はい、けへへへ、雑魚なんで自分……」

「鳳さんのエンチャントの数は、攻撃『ジョブ』に守って連れてかれて出来たレベルアンドスキル数なので、そんな卑屈になることはありませんよ」


 そういえば、『スキル』にはレベルが十ごとに必要となる。何気なく接していたが、あのおっさん店主は一体何レベルまであるのか。


「あと、おすすめなのがこの『マジックバッグ』で、うへへ」

「マジックバッグ?!」

 兎田山の顔が鹿下にいよいよ近くなり、鹿下の挙動不審が更に加速する。

 犬丸も猫宮も、それはなんぞ?の世界だ。


「え……?鹿下さん、ポーション屋ってことは『魔術師』ですよね?クラフトも??」

「『ジョブ』は『魔道具士』なんです、ぐへへ。でも何ですか、武器生成系のスキルには恵まれませんでしてね、何故かこんなラインナップでうへへ」

「買います!!!三人分払います!幾らですか?!どのくらい入りますか?!」


 兎田山の信念は――聞いてもないのに勝手に語られたのだが――二次元や推しに課金することで、自分には課金したくないスタイルだと言う。よって、武器も最低限。服装も初対面の通りの格好だったわけだそうだ。


 そんな兎田山が買うと言う。それで理解できるのも悔しいが、それだけ凄いことらしい。


「家で試しましたが、ハードカバーの本が六十冊くらいです、小さくてすいません、へへへ」

「犬丸くん、猫宮さん!マジックバッグがあれば、ゲート外でも、ハードカバーの本六十冊分の荷物が、バッグ一つで持ち歩けるんですよ?!」

「なに?!!」

「凄いわ!!アイテムボックスを使うことなく、そのバッグ一つでゲートの外も中も出し入れできるってことかしら?!」

「買うぞ!!!幾らだ!!」


 今現在、チリソースなどで肩が重い犬丸。マジックバッグがそんなに有用なものなら、もっと詰め込めて持ち歩ける。相当な価値があると言っていい。


「バッグ一つで――えーと、一万円?くらい?へへ」

「安すぎだろッッ!ゲート物価が崩落してんじゃねえか!!――すまん、大声だした」


 機能から察して、また一千万クラスだろうと思っていたが、それでも補って余りある買い物だと思う。だが、まさかの作り手がとんでもないことを言い出して、犬丸はまた思わず声を荒らげてしまった。


「そうです、安すぎます。僕が一つ二千万だしますよ」

「あ、お金が手元にありすぎると父親がまたギャンブルで借金を作るんで、ぐへへ、今回の借金の九百万が払えれば、うへへ」

「世知辛すぎるだろ……」


 お金があるのをマジックバッグで隠せばいいじゃないかと思うが、そこは初対面が踏む個人の領域を超えている。


「そうだわ、マジックバッグに入れて鳳さんに預かって貰ったらいいんじゃないかしら?」

「そうですね、さすが推し!別に鳳さんじゃなくてもいいですが……僕は支払い対象なので預かるのは不向きですよね。どうでしょう?」

「うじむし雑魚モブがそんなよそ様に迷惑を……」


 事態は混迷を迎えた。

 安く売りたい作り手と、高く買いたい客の珍奇な揉め事である。

 犬丸はイライラを耐えて黙ることにした。


 結局、兎田山が鳳の店にいって使っていない金庫を買い取り、待機していた自衛官に頼んで鹿下の店に設置してもらい高く買い取る許可を得る。


 体力ポーションと魔力ポーションは一本約三十万――リピーターを目的として――設定。マジックバッグは大モメの末に一つ一千万になった。


 尚、鳳は鹿下が接客できないのをいい事に魔力ポーションを五万で買っていたので、兎田山が締め上げに行った。


「ありがとうごぜえます、こんなうじむしの為にメニュー表までうひひ」

「なに、僕の二次創作への愛ですからお気になさらずに。こちらこそマジックバッグ一つおまけなんて良いんですか?」

「どうぞどうぞ、アイテムボックス育てたい方にはおすすめできませんけども、兎田山くんはアイテムボックスレベルが高いと聞いてますんで」


 マジックバッグ三個、体力ポーションは予備に三個。魔力ポーションはそれぞれ六個ずつのお買い上げに怯えたのか、兎田山に追加でマジックバッグを一つプレゼントされた。


 明日からは、マジックバッグの容量のぎりぎりまでチリソースなどを詰め込もうと、犬丸は決意する。

「じゃあ、また来ますね!」

「色々ありがとう鹿下さん」

「助かった……またな」


 鹿下は、若干引き攣り顔がマシになりながら兎田山作のメニュー表を握りしめて見送った。

 やたらファンシーで、見たことがないアニメのキャラクターが添えられた兎田山力作のメニュー表を。

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