考えられないことであるし、咄嗟に思った言葉は「嫌」だった。
慧士にも選択権はある。いつもいて当たり前に縋っていてはダメだと言い聞かせてきたのに。
「嫌」は、小桜のわがままだ。傍にいて欲しい。守らなくてもいい、ご飯を作らなくてもいい。ただ――自分の横に居て、なんて。
なんて傲慢。こんな感情が自分の中にあるとは思ってもみなかった。
『ジョブ』鑑定を受けて、小桜に『スキル』があった時でも、もし慧士になくても漠然と付いてきてくれると思っていた。それは、慧士の立場が護衛だったからではない。
「犬丸慧士」は、そういう男だから。過去に何度助けられてきただろう。勉強、食事、気に沿わない相手からの告白――家族以上に、あまりに、当たり前に頼ってきた。
四狼からパーティへの誘い――脅しでもある――がもし、慧士が引き受けていたら?
もし小桜や
(どうして、こんなに嫌なのかしら……)
四狼パーティに入って、四狼たちにお弁当を作る慧士。笑いあって、レベルをあげていく慧士。
あの子とは――一年生の女の子とは、どう仲良くするのか。
想像しただけで、胸が痛い。
鼓動が乱れて、なんだか泣きそうになる。こんな感情、知ってはいけない。今はまだ。
(不整脈かしら……)
落としたため息は、枕だけが聞いていた。
*****
「逃げのアイテム……ですか?」
「そうなんですよ、ちょっと厄介なことがありまして」
兎田山は、隣のクラスを覗いて居なかった
鹿下曰く、陰キャにはここが落ち着くとのことだ。
「ユニークな魔物です?」
「いえそれが……誰とは言えないんですが、相手は人で。ところで鹿下さん、お店の時のキャラはどーしてああなるんです?ここでは普通なのに」
「そ、それはっ接客しなくてはと思うと……けへへ……その緊張のあまり」
兎田山は、購買で買ってきたいちごオレとコーヒーを差し出す。どちらか口にあえば、と思ったが鹿下は何故出されたのかわかっていない。
手のひらにいちごオレを置くと、びくりと揺れた。
「甘いものがお嫌いでなければどうぞ」
「こんなモブキャラに……ありがとうございます」
兎田山はブラックコーヒー派である。
疲れている時はカフェオレにするが、割と無糖を選びがちだ。
「つまり、お求めのものは、隠蔽『スキル』系の魔道具ですね?」
「そうなりますね。かなりランクの高いものだとは承知しています」
「隠蔽系は――すみません持ってないです」
がくりとしたが、持っていたら評判になっていて当たり前。むしろマジックバッグのことを何故知られていないのか不思議だ。
「いえ、こちらこそ。無茶をいいました。
要はそこに行き着けるかが問題なのであって、また行き詰まってしまった。
「ゲー……あちらでも、出回ってませんか?」
「おそらく、もっと奥にいかないと。隠蔽グッズ持ってる人がいても、持ってるぞなんて言いませんもんね」
残りはいよいよアルタ村で聞くしかない。商人のシュトルトがせめて何かしら、魔道具を持っていればいいのだが。
「映像記憶水晶などは取り扱ってます?」
「素材があれば……キラーオーガの『魔核』がないとです」
「なるほど……」
兎田山は諦めた。そもそも映像を持って行ったところで握りつぶされると分かっているもので、なおかつレベルが足りない魔物はどう考えても無理だ。
兎田山は、体育館から渡り廊下を歩く
犬丸よりも背が高い。百九十センチはあるだろうか。
ゲートに潜りながらバレー部の試合もこなしているのだから、かなりの体力だ。
四狼も
空鷲が大きなクシャミをしたところで、兎田山は鹿下に挨拶をしてそそくさとそこから離れたのだった。