こうして始まった訓練。怜音に聞いたところによると、今日のバイトはないらしい。加えて、僕の分もキャンセルしたという。
オーナーは僕には厳しいのに、彼には甘々。だから、交渉が成立したのだろう。という事で、訓練に集中できる時間が増えた。
「じゃ、最初は魔力操作から行こうか」
「せ、先生……。ま、魔力操作……って、基本の中の……基本……です……よね……?」
「うん。そうだね。飛鷹くん大正解。魔力操作ができないと、魔法も安定しないんだ。ここにいるメンバー。まあ、優人くんは例外だけど、永井さん、神代さん。飛鷹くんの3人は非常に安定してる」
なんで僕を例外にしたのだろうか? 怜音の謎が多い発言に、どう反応すればいいのかわからなくなる。
それから、それぞれ魔力の安定度を上げる訓練が開始。安定度では、神代がダントツの1位で、僕が最下位だった。
そもそも、僕はこの訓練には参加しなかったというのもある。僕以外の3人だけで行い、自分は怜音に呼び出された。
「怜音。なんで僕――」
「ほんと、ごめん……!」
「な、なんで謝るんですか!」
彼はさっきからペコペコと頭を下げ、謝罪を続けている。僕に謝る必要なんてどこにもない。場違いな自分がいること、それが悪いのに……。
「れ、怜音。もう謝るのやめてください!」
「そ、そうだよね。だけど、最後にもう一度言わせて、ほんとごめん……」
さっきから同じことしか言わない。だけどそれは重要な話だった。
「わ、わかりましたって……。どうして謝るんですか?」
「それはね。本当のことを言うと、君の配属先はこの最上位クラスではないんだ」
「え?」
僕の配属先が違う? 余計に理解できなくなった。そして、怜音はさらに続ける。
「君の本当の配属先はボクたちと同じプロクラス。だけど指導者不足で、最上位クラスに入れることになった」
「プロ……クラス……。つまり僕は……」
「そう。君はボクたちとほぼ同じレベル。ううん。もしかしたら、ボクたちよりも上かもしれない」
僕がプロレベルよりも上ってことなのか? だけど、それほど実力があるなら、小学生の時に戦場へ出ていたはず。思い当たることがない。
怜音は手のひらに氷のオブジェを作る。それを、一瞬で爆発させた。それだけでもすごいのに、自分はこれの上を行っている。
「優人くん。ここから奥の本棚に向かって氷のツタを張り巡らせる。そこから、体育館で君がやったように、水の球を作って欲しい」
「わ、わかりました。いくつ作ればいいですか?」
「ふふ、いくつとは言わないよ。作れるだけ大量に……だね」
唐突なミッションに意識を集中させた。怜音が魔法を発動させると、図書館の本棚はあっという間に凍りつく。その時に発生する冷気。それを水の球に変える。
僕は右手に全ての魔力をかき集めた。そこから水分を凝縮させる力を与え、一気に液体化。出来上がったのは、数え切れないくらいの半透明な球体だった。
「ボクが作ったツタがない……」
「え? そ、そういえばたしかに……」
「もう少しだけ見させて」
「は、はい。集中が切れないようにします」
怜音は球体の方へ近付く、そして触れるとすぐに凍った。この時点で僕より上。だけど、実際は僕が上。
『やった。あったしやるぅ!!』
『永井……さん……すごい……』
『ふーん。まるでピノキオね……』
テーブルエリアから聞こえる声。輪に入れない自分。たったこれしかできない僕……。
『でも……。なんか……ジメジメ。する……』
『確かにそうね……。なんだか蒸し暑いわ』
『高温多湿は肌に悪いから嫌ぁ〜』
僕のせいだ。僕が水魔法を使ったから……。
「優人くん。ここは僕に任せて」
「は、はい……!」
怜音が小さい声で唱え始める。何を言ってるかはわからない。ただこれからすごいことを起こそうとしてるのはわかった。
「これで!」
彼の声が図書室全体に響いた時。僕が作った球体が全て凍りついた。かなり量を作ったのに、そのまま冷気に変わる。
『なによ。今度は寒すぎるわ……』
『寒いのも肌荒れるぅ〜』
『じ、じぶんは……大丈夫……』
僕が魔法を使っても、怜音が使っても意味なかったらしい。ほんと使えない魔法だ……。そんな中で、一瞬背筋に電流が走る。
この異変には怜音も気付いたようだ。
「「来る!!」」
――数秒後。図書室の窓が全て割れた。遠くから押し寄せてくる謎の生き物。
「あれは絶滅したニホンオオカミ?」
「それを人工的に作った魔物だよ。このオオカミ。興奮してる……」
「ぼ、僕はどうすれば……」
鼓動が早い。身体が怯えてる。恐怖を感じている。思い返せば親を殺したのはこのオオカミだ。野性的な頭脳を持ち、群れを成す。
気がつけば僕の周囲にシャボン玉が出来上がっていた。こんな魔法を使った覚えがない。
「優人くんも臨戦態勢……。ってことかな?」
「……」
自分が自分じゃない。今は話すよりバトルだ。
「ライトニング!」
「!?」
僕が発した魔法は水じゃない光。シャボン玉は高速で飛んでいく。
――スパーン!
オオカミの目の前で爆発したそれは、一瞬で怯ませた。バタバタと倒れる敵。これは自分でやったのか?
「すごい……」
「え?」
「君。小学生の時戦闘員になれなかったって聞いたけど」
その言葉に僕は頷く。
「なるほどね〜」
「なるほどって……」
「これはもう少し検証する必要があるね……」
僕はそれを理解できなかった。テーブルエリアに移動するとそこにもオオカミがいて、神代たちが戦っている。
僕は先程と同じようにしようとしたが怜音に止められた。
「君は劣等生を装っていて。ここはボクがやる」
「わ、わかりました……」
怜音が一歩前に出ると、部屋全体がスケートリンクのようになった。そこから、槍が飛び出し全滅させる。
思えば、僕と怜音の共通点。それは無詠唱をしていること。それも、僕がプロクラス相当だというのと関連しているのだろうか?
「今日はここまでにしようか。神代さん。全員を集めて」
「な、なんで、わたしなのよ……」
「1番リーダーに向いてるからかな? もし拒否するなら、リーダーは優人くんにさせるけど、どうする?」
ぼ、僕がリーダー!? そんなことできるはずがない。
「わかったわ。訓練終了。各自魔法使用中止。席について」
なんとかリーダーは回避できた。席へ戻ると、割れた窓の前で飛鷹が棒立ちになっていた。
「飛鷹さん?」
「い、え、な、なんにも……」
「わかった席に戻って」
みんなが揃いそれぞれ活動報告。終わったらすぐ解散になった。
だけど、バイト無しか……。レストランのまかないはものすごく質素だが美味しい。有名な繁盛店では無いため収入は少ないが、それでも人はくる。しかし。収入は雀の涙。すると
「優人くん。今日用事ある?」
「今日……ですか? えーと、今日は友人の家に行く予定が……」
「それって、体育館で話していた人?」
それに首を縦に振り肯定。何故かわからないが、怜音も梨央の部屋へ行くことになった。
帰り道。梨央と合流すると彼女は目を丸くさせた。僕の隣にいる怜音が気になるのだろうか?
事情を説明すると、女子寮の通行許可を貰って部屋に入る。
そこは、一面ピンクで染められた空間。今どきの女子はみんなこうなのだろうか?
「なんとも可愛らしい部屋だね」
怜音が言う。
「優人は私の隣に座って。中谷さんは反対側に」
言われた通りにクッションに座ると、梨央が切り出した。
「中谷さん。なんで私は優人よりも下なんですか?」
「まあ。そうだよね……。たしか、春日井さんは小学生の時ヒーラーとして活躍したって聞いてるけど……」
「はい、だから納得いかないんです」
梨央は自信の塊だ。納得いかなければ、物申す。だけど、怜音は表情一つ変えずに。
「残念だけど。正式に決まった以上変更はできない」
「どうして……!」
「君は知らないだろうけど。第一次魔生物暴走事件で一番活躍したの誰だと思う?」
このタイミングでその質問が来るとは思わなかったが、僕も少し知りたくなった。
「ヒーラーは……たしか私のはずです」
「そうだね。君はスーパーヒーラーって言われているみたいだし。それはすごいことだと思う。
ちなみにシューターは僕。アタッカーは斬くん。だけど、優人くんの魔法を見て違う可能性が出てきた」
「え……?」
梨央は頭にはてなを浮かべ、僕の顔を見つめる。僕は部屋の内側に座っていて、彼女の方を見れば窓の外が淡い紫になっていた。
「優人……?」
「そう。そのもしかしたら彼が……。ただまだ情報不十分でこれと言った証拠はない」
「証拠はって、だ、だけど!」
突然梨央が大声で叫ぶ。僕はその声量に耳を押さえた。
「何か疑問でもあるのかな?」
「優人は才能が開花せずに、孤児院を卒業したって……」
「成績上ではね。だけどもし彼が
僕が勇者……。思い当たることはなく、頭の中が曇り始める。自分が勇者なわけがない……!
「僕がそんな救世主みたいな立場じゃないはずです!」
「おっと。図書室でのバトル覚えてる?」
「い、いえ……」
覚えてない。あの時の感情すらも……。
「じゃあ、優人くんに肩書きをつけようか」
「僕の……肩書き……」
「うん。そうだねぇ……。ノンリアリティとかどうかな?」
ノンリアリティ……。意味はわからないけど。なんかしっくりくる。僕が僕じゃない時。それを由来にしているのがわかった。
「じゃあ。ボクは帰るよ……。ペットの世話もあるしね」
「ちょっと待ってください……!」
「春日井さん。まだなにか?」
梨央の身体はかなり震えていた。まだ納得しきれてないらしい。いい加減飲み込めばいいのに、それができないようだ。
すると彼女はスマホを取り出す。その画面には魔生物出没情報が書かれていた。場所は、僕が働いている店の近く。
「優人。私と勝負して。中谷さん。もし私が勝ったら優人と同じクラスに入れさせてください。優人が勝ったら諦めます」
「なるほどね。諦めの悪い子はほんと厄介だ……。優人くんはどうする?」
「え?」
なんで僕?
「む、無理ですよ……」
「なんで!」
言葉をミスった。梨央は顔を真っ赤にさせて、じっと僕を見つめる。だけど、図書室での魔法は無意識にやったこと。同じことができるわけがない。
「だから、無理です……!」
「これにはボクが入らない方がいいかな? 静
「『静かなる怒り?』」
僕と梨央の声が重なった。意味がわからないが、思い当たる部分がある。図書室でのことを振り返る。あの時の感情は……。
「わかった」
「やった! 私本気でやるからね!」
「うん。上手くいくかはわからないけどね」
こうして、僕と梨央が勝負することになった。外に出て僕のバイト先まで歩く。徒歩で約1時間。それも怜音が半分の時間に短縮してくれた。
氷のスケートリンク。そこに舟を作り滑って行くだけ。彼は普段からこうやって通勤通学をしているらしい。僕にもこんな魔法が使えれば……。
「優人くん、また考え込んでる?」
「は、はい……。僕って一体誰なのかって……」
「自分に対して誰っていうのは、間違ってると思うなぁ……」
「え?」
怜音は氷の塊を上空に飛ばす。空中で弾けると、ドドドっという音が響いた。まるで地響きのようで数も多い。
しばらくして街中を駆けてやってきたのは、記事になっていたオオカミだった。震える僕の身体は動かない。
「2人とも準備はいい?」
「は、はい……!」
「もちろんです」
怜音がもうひとつ氷の塊を作る。それを打ち上げると開始の合図になった。