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第3話

 こうして始まった訓練。怜音に聞いたところによると、今日のバイトはないらしい。加えて、僕の分もキャンセルしたという。


 オーナーは僕には厳しいのに、彼には甘々。だから、交渉が成立したのだろう。という事で、訓練に集中できる時間が増えた。


「じゃ、最初は魔力操作から行こうか」


「せ、先生……。ま、魔力操作……って、基本の中の……基本……です……よね……?」


「うん。そうだね。飛鷹くん大正解。魔力操作ができないと、魔法も安定しないんだ。ここにいるメンバー。まあ、優人くんは例外だけど、永井さん、神代さん。飛鷹くんの3人は非常に安定してる」


 なんで僕を例外にしたのだろうか? 怜音の謎が多い発言に、どう反応すればいいのかわからなくなる。


 それから、それぞれ魔力の安定度を上げる訓練が開始。安定度では、神代がダントツの1位で、僕が最下位だった。


 そもそも、僕はこの訓練には参加しなかったというのもある。僕以外の3人だけで行い、自分は怜音に呼び出された。


「怜音。なんで僕――」


「ほんと、ごめん……!」


「な、なんで謝るんですか!」


 彼はさっきからペコペコと頭を下げ、謝罪を続けている。僕に謝る必要なんてどこにもない。場違いな自分がいること、それが悪いのに……。


「れ、怜音。もう謝るのやめてください!」


「そ、そうだよね。だけど、最後にもう一度言わせて、ほんとごめん……」


 さっきから同じことしか言わない。だけどそれは重要な話だった。


「わ、わかりましたって……。どうして謝るんですか?」


「それはね。本当のことを言うと、君の配属先はこの最上位クラスではないんだ」


「え?」


 僕の配属先が違う? 余計に理解できなくなった。そして、怜音はさらに続ける。


「君の本当の配属先はボクたちと同じプロクラス。だけど指導者不足で、最上位クラスに入れることになった」


「プロ……クラス……。つまり僕は……」


「そう。君はボクたちとほぼ同じレベル。ううん。もしかしたら、ボクたちよりも上かもしれない」


 僕がプロレベルよりも上ってことなのか? だけど、それほど実力があるなら、小学生の時に戦場へ出ていたはず。思い当たることがない。


 怜音は手のひらに氷のオブジェを作る。それを、一瞬で爆発させた。それだけでもすごいのに、自分はこれの上を行っている。


「優人くん。ここから奥の本棚に向かって氷のツタを張り巡らせる。そこから、体育館で君がやったように、水の球を作って欲しい」


「わ、わかりました。いくつ作ればいいですか?」


「ふふ、いくつとは言わないよ。作れるだけ大量に……だね」


 唐突なミッションに意識を集中させた。怜音が魔法を発動させると、図書館の本棚はあっという間に凍りつく。その時に発生する冷気。それを水の球に変える。


 僕は右手に全ての魔力をかき集めた。そこから水分を凝縮させる力を与え、一気に液体化。出来上がったのは、数え切れないくらいの半透明な球体だった。


「ボクが作ったツタがない……」


「え? そ、そういえばたしかに……」


「もう少しだけ見させて」


「は、はい。集中が切れないようにします」


 怜音は球体の方へ近付く、そして触れるとすぐに凍った。この時点で僕より上。だけど、実際は僕が上。


『やった。あったしやるぅ!!』


『永井……さん……すごい……』


『ふーん。まるでピノキオね……』


 テーブルエリアから聞こえる声。輪に入れない自分。たったこれしかできない僕……。


『でも……。なんか……ジメジメ。する……』


『確かにそうね……。なんだか蒸し暑いわ』


『高温多湿は肌に悪いから嫌ぁ〜』


 僕のせいだ。僕が水魔法を使ったから……。


「優人くん。ここは僕に任せて」


「は、はい……!」


 怜音が小さい声で唱え始める。何を言ってるかはわからない。ただこれからすごいことを起こそうとしてるのはわかった。


「これで!」


 彼の声が図書室全体に響いた時。僕が作った球体が全て凍りついた。かなり量を作ったのに、そのまま冷気に変わる。


『なによ。今度は寒すぎるわ……』


『寒いのも肌荒れるぅ〜』


『じ、じぶんは……大丈夫……』


 僕が魔法を使っても、怜音が使っても意味なかったらしい。ほんと使えない魔法だ……。そんな中で、一瞬背筋に電流が走る。


 この異変には怜音も気付いたようだ。


「「来る!!」」


 ――数秒後。図書室の窓が全て割れた。遠くから押し寄せてくる謎の生き物。


「あれは絶滅したニホンオオカミ?」


「それを人工的に作った魔物だよ。このオオカミ。興奮してる……」


「ぼ、僕はどうすれば……」


 鼓動が早い。身体が怯えてる。恐怖を感じている。思い返せば親を殺したのはこのオオカミだ。野性的な頭脳を持ち、群れを成す。


 気がつけば僕の周囲にシャボン玉が出来上がっていた。こんな魔法を使った覚えがない。


「優人くんも臨戦態勢……。ってことかな?」


「……」


 自分が自分じゃない。今は話すよりバトルだ。


「ライトニング!」


「!?」


 僕が発した魔法は水じゃない光。シャボン玉は高速で飛んでいく。


 ――スパーン!


 オオカミの目の前で爆発したそれは、一瞬で怯ませた。バタバタと倒れる敵。これは自分でやったのか?


「すごい……」


「え?」


「君。小学生の時戦闘員になれなかったって聞いたけど」


 その言葉に僕は頷く。


「なるほどね〜」


「なるほどって……」


「これはもう少し検証する必要があるね……」


 僕はそれを理解できなかった。テーブルエリアに移動するとそこにもオオカミがいて、神代たちが戦っている。


 僕は先程と同じようにしようとしたが怜音に止められた。


「君は劣等生を装っていて。ここはボクがやる」


「わ、わかりました……」


 怜音が一歩前に出ると、部屋全体がスケートリンクのようになった。そこから、槍が飛び出し全滅させる。


 思えば、僕と怜音の共通点。それは無詠唱をしていること。それも、僕がプロクラス相当だというのと関連しているのだろうか?


「今日はここまでにしようか。神代さん。全員を集めて」


「な、なんで、わたしなのよ……」


「1番リーダーに向いてるからかな? もし拒否するなら、リーダーは優人くんにさせるけど、どうする?」


 ぼ、僕がリーダー!? そんなことできるはずがない。


「わかったわ。訓練終了。各自魔法使用中止。席について」


 なんとかリーダーは回避できた。席へ戻ると、割れた窓の前で飛鷹が棒立ちになっていた。


「飛鷹さん?」


「い、え、な、なんにも……」


「わかった席に戻って」


 みんなが揃いそれぞれ活動報告。終わったらすぐ解散になった。


 だけど、バイト無しか……。レストランのまかないはものすごく質素だが美味しい。有名な繁盛店では無いため収入は少ないが、それでも人はくる。しかし。収入は雀の涙。すると


「優人くん。今日用事ある?」


「今日……ですか? えーと、今日は友人の家に行く予定が……」


「それって、体育館で話していた人?」


 それに首を縦に振り肯定。何故かわからないが、怜音も梨央の部屋へ行くことになった。


 帰り道。梨央と合流すると彼女は目を丸くさせた。僕の隣にいる怜音が気になるのだろうか?


 事情を説明すると、女子寮の通行許可を貰って部屋に入る。


 そこは、一面ピンクで染められた空間。今どきの女子はみんなこうなのだろうか?


「なんとも可愛らしい部屋だね」


 怜音が言う。


「優人は私の隣に座って。中谷さんは反対側に」


 言われた通りにクッションに座ると、梨央が切り出した。


「中谷さん。なんで私は優人よりも下なんですか?」


「まあ。そうだよね……。たしか、春日井さんは小学生の時ヒーラーとして活躍したって聞いてるけど……」


「はい、だから納得いかないんです」


 梨央は自信の塊だ。納得いかなければ、物申す。だけど、怜音は表情一つ変えずに。


「残念だけど。正式に決まった以上変更はできない」


「どうして……!」


「君は知らないだろうけど。第一次魔生物暴走事件で一番活躍したの誰だと思う?」


 このタイミングでその質問が来るとは思わなかったが、僕も少し知りたくなった。


「ヒーラーは……たしか私のはずです」


「そうだね。君はスーパーヒーラーって言われているみたいだし。それはすごいことだと思う。


 ちなみにシューターは僕。アタッカーは斬くん。だけど、優人くんの魔法を見て違う可能性が出てきた」


「え……?」


 梨央は頭にはてなを浮かべ、僕の顔を見つめる。僕は部屋の内側に座っていて、彼女の方を見れば窓の外が淡い紫になっていた。


「優人……?」


「そう。そのもしかしたら彼が……。ただまだ情報不十分でこれと言った証拠はない」


「証拠はって、だ、だけど!」


 突然梨央が大声で叫ぶ。僕はその声量に耳を押さえた。


「何か疑問でもあるのかな?」


「優人は才能が開花せずに、孤児院を卒業したって……」


「成績上ではね。だけどもし彼がだとしたら?」


 僕が勇者……。思い当たることはなく、頭の中が曇り始める。自分が勇者なわけがない……!


「僕がそんな救世主みたいな立場じゃないはずです!」


「おっと。図書室でのバトル覚えてる?」


「い、いえ……」


 覚えてない。あの時の感情すらも……。


「じゃあ、優人くんに肩書きをつけようか」


「僕の……肩書き……」


「うん。そうだねぇ……。ノンリアリティとかどうかな?」


 ノンリアリティ……。意味はわからないけど。なんかしっくりくる。僕が僕じゃない時。それを由来にしているのがわかった。


「じゃあ。ボクは帰るよ……。ペットの世話もあるしね」


「ちょっと待ってください……!」


「春日井さん。まだなにか?」


 梨央の身体はかなり震えていた。まだ納得しきれてないらしい。いい加減飲み込めばいいのに、それができないようだ。


 すると彼女はスマホを取り出す。その画面には魔生物出没情報が書かれていた。場所は、僕が働いている店の近く。


「優人。私と勝負して。中谷さん。もし私が勝ったら優人と同じクラスに入れさせてください。優人が勝ったら諦めます」


「なるほどね。諦めの悪い子はほんと厄介だ……。優人くんはどうする?」


「え?」


 なんで僕?


「む、無理ですよ……」


「なんで!」


 言葉をミスった。梨央は顔を真っ赤にさせて、じっと僕を見つめる。だけど、図書室での魔法は無意識にやったこと。同じことができるわけがない。


「だから、無理です……!」


「これにはボクが入らない方がいいかな? 静……。それが鍵のような気がするんだけどね」


「『静かなる怒り?』」


 僕と梨央の声が重なった。意味がわからないが、思い当たる部分がある。図書室でのことを振り返る。あの時の感情は……。


「わかった」


「やった! 私本気でやるからね!」


「うん。上手くいくかはわからないけどね」


 こうして、僕と梨央が勝負することになった。外に出て僕のバイト先まで歩く。徒歩で約1時間。それも怜音が半分の時間に短縮してくれた。


 氷のスケートリンク。そこに舟を作り滑って行くだけ。彼は普段からこうやって通勤通学をしているらしい。僕にもこんな魔法が使えれば……。


「優人くん、また考え込んでる?」


「は、はい……。僕って一体誰なのかって……」


「自分に対して誰っていうのは、間違ってると思うなぁ……」


「え?」


 怜音は氷の塊を上空に飛ばす。空中で弾けると、ドドドっという音が響いた。まるで地響きのようで数も多い。


 しばらくして街中を駆けてやってきたのは、記事になっていたオオカミだった。震える僕の身体は動かない。


「2人とも準備はいい?」


「は、はい……!」


「もちろんです」


 怜音がもうひとつ氷の塊を作る。それを打ち上げると開始の合図になった。

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