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第4話

 バトルが始まり数分。僕はこの場から逃げたくなっていた。恐怖が心の中で渦巻き、それが押し寄せてくる。


「優人! 早くしないと私が全部倒しちゃうよ!」


「わ、わかってるけど……」


 脳のスイッチが切り替わらない。ここだというところを押しても反応しない。このままだと僕が負ける。


「よーし50体抜き!」


「!? 僕はまだ1体も倒してない……」


「じゃあ。優人負け確だね。これで優人と同じクラスに……。うわッ!?」


 目の前で聞こえた悲鳴。梨央がオオカミに噛み付かれている。助けなくっちゃ、助けなくっちゃと詠唱を始めるが、上手く発音できない。


 あと少し、あと少しでボタンが見つかりそうなのに……。梨央ちゃん身体が塊のようになっていく。まさしくこれはオオカミ団子だ。


「助けて……」


「わ、わかってるけど……! けど……。けど…………」


「優人くん?」


 ――カチッ……。


 頭の中で何かが鳴った。今の感情がわからない。だけど、今ならいける気がした。


「優人くん本気だね」


「……」


「おっと集中モードか。なら好き放題やっちゃって」


 周囲の音が微かに聞こえるだけ。僕の周りに50個以上のシャボン玉。図書室と同じにやればいい……。


「ライトニング……!」


 電光石火のように放たれ弾ける。梨央に絡みついたオオカミは一瞬にして全滅。我に返ると自分でやったのかわからなくなった。


「勝敗は決まったみたいだね」


「数で私が勝ってるから私……」


「いいや、断然優人くんの方が上だった」


 僕が上?


「なんで……! なんで私は……!」


「残念だけど、諦めた方が早いよ」


「できません……! 納得いきません……ッ!」


 梨央の発言に怜音は黙り込む。状況が掴めてない僕自身もどうすればいいのか……。


「わかった。だけど、もし訓練スピードに遅れたら。優人くんの下に戻す。それでいいかい?」


「それで構いません。絶対付いていきます!」


 こうして、梨央が最上位クラスに仲間入りした。これからは5人で活動することになる。


 今日はもう遅いということで、怜音に送って貰って帰宅。そして、僕は梨央に制服を預けた。明日には直るそうなので、それぞれ別れる。


 自室に帰ると、何も置かれてないことに気付く。買うと言っても服くらい。しかも全て古着だ。サイズの合わないものが多く、そういうものは毎回梨央に仕立て直して貰っている。


「今日は何もない……。いつものパターンでいいよね……」


 僕はコップを持ってきて魔力水を注ぐ。寮で提供される水道水は身体に合わないため、水分補給はこれが普通だ。


 この水を飲むのはもう慣れた。そのせいでこれしか飲めない。そして魔力水は、含まれてる魔力量が非常に多い。


 一度僕が作った水を研究機関に預けたら、使用魔力以上だった。つまりこれを飲むと、高確率で中毒になるらしい。


「なのに、なんで僕はならないんだろ」


 魔力水生活を始めて2年。いや、これは中学時代からやってたので5年は経っている。それでも体調を崩したことはない。


「ここじゃテレビもないし。梨央が持ってるようなスマホもないし。あるとしたら新聞だけ……」


 寮の共有スペースに行けば、テレビくらいは見れるけど動きたくない。今日は2回もバトルをした。その疲れがずしりと押し潰す。


 今度からは運動しよう。そう思っても、そもそも体力皆無の僕ができるはずがない。


「バイト……。もっとやろうかな?」


 しかし、簡単で安価なバイト先を重ねても意味が無い。強いていえばマッサージ器具を買うにはもっとお金が必要で、ドンピシャなアイテムもわからない。ここは梨央に頼んでみるか……。


 僕はバイト先から無償で貰っているメモ帳を取り出す。そこに、すり減って小さくなった鉛筆を使い、梨央宛に手紙を書いた。


 手紙をシャボン玉の中に入れ外に飛ばす。寮にいる時のやり取りはいつもこれだった。


「上手く届きますように……」


 そう願いを込め窓を閉める。魔力水を3杯飲み干すと、そのままベッドに寝転んだ。



 ◇◇◇翌日◇◇◇



 目が覚めると、僕は寮食を食べずに外へ出た。両生活費しか支払えないので食費まで出せない。その代わり遅刻はゼロだった。


 昨日はあのあと数分で眠りに落ちた。そのせいか、あまり眠くない。やっぱり睡眠は大事なんだと改めて理解した。


 空は快晴。雲一つない青のキャンバス。校門には青髪の男性が立っていて、僕はすぐに誰なのかわかった。


「お。優人くんおはよう」


「おはようございます。怜音」


 僕は朝ごはんを食べてないことを伝えようと思ったが。変に心配されると困るので隠すことにする。


 その判断は正解だったようで、学校内に入ると怜音に呼び出される。今日は僕にプレゼントがあるらしい。


「優人くんって、スマホ持ってないんだっけ?」


「は、はい……。手にしたこともありません。昨日初めて見たばかりで……」


「なるほどね。あのバイト先でなら見たことあると思ったんだけどね」


 怜音はカバンから長方形の白い箱を取り出す。その表面には昨日見たスマホとよく似たイラスト。


「これ、貰っていいんですか?」


「うん。もちろん支払いは不要だよ。君の分もボクが支払うからね」


「そ、そんな……。申し訳ないですよ……」


 僕は箱を押し返しながら、拒否をする。だけど、怜音の瞳が本気と気付くと受け取るしかないと気付いた。


「初期設定や通帳設定は済ませてあるから」


「通帳?」


「うん。ボクの通帳使って大丈夫だから自由に使って」


「ありがとうございます……」


 本当は必要ないけど、これで暇が無くなるのだろうか? 僕は箱を開ける。中にはスカイブルーの背面を持った極薄スマホが入っていた。


 怜音に電源の入れ方を教わり、支払い方法やアプリダウンロードの仕方。その他もろもろ説明されると、ようやく他生徒が登校してくる。


「じゃあ、今日の訓練で」


「はい!」


 怜音と別れてホームルームを終え、一時限目から訓練がスタートする。基本の授業も各レベルのクラスでやるらしい。


 同じクラスの方が学ぶべき内容が一緒なので助かるが、僕は平均勉強量と比べて非常に遅れてる。孤児院で基礎を学んだが、その基礎すらも身につかなかった。


「見世瀬。歩きスマホは危険ですので辞めていただけますか?」


 訓練のクラスに向かってる途中。廊下に立つ神代さんに止められた。


「なんで歩きスマホはダメなんですか?」


「は? 貴方そんなことも知らないのね……。これは常識よ。歩きスマホは原則禁止。何故かわかる?」


「いえ。わからないです……」


 僕は何故止められたのかすら理解できなかった。これが常識とはどういうことなのだろうか?


「わからないのなら仕方ないわね。危険だからよ。手元だけを見ていれば前を歩く人が見えない。だから、歩く時は――」


 神代さんはポケットから不思議な形をしたものを取り出す。小さな突起部には、カバーが付いていた。


「それはなんですか?」


「なんですかって、貴方イヤホンも知らないの?」


「はい……。スマホも今日手に入れたばかりで……」


 神代さんは髪をクルクルいじりながら、こちらを睨む。すると、今度は長い紐がついたイヤホンが出てきた。


「これ有線イヤホン。この前同じもの二つ買ったから、片方あげるわ。ただしこれにもルールがある。歩いている時は片耳装着」


「片耳……」


「何故両耳がダメなのか。それは周囲の音が遮断されて、より危険度が増すからよ。事故に遭わないように気をつけて使いなさい」


 今日は色々貰ってばかりだ。そもそもどうして、怜音がスマホを持ってないことを知ったのだろうか?


 これはきっと梨央かもしれないと、微かな期待を持って図書室に入る。そこにはもう既に梨央がいた。


「おはよう梨央。今日ホームルームにいなかったみたいだけど……」


「うん。ちょっと中谷先生と話してた。あ、スマホ貰えたんだね」


「怜音がくれたんだ。やっぱり、梨央だったんだね」


 その言葉に彼女は頷く。僕のあとに神代。飛鷹、永井の順で入ってくる。全員揃うと、真っ先に切り出したのは……。


「春日井。なんで貴方ここにいるのよ」


 やはり神代だった。


「え、えーと……」


「神代さん。君に責める権利はないよ」


 口篭る梨央に助太刀を入れる怜音。どこから出てきたかと思えば、知らぬ間に僕たちの前で立っていた。神出鬼没とはこういうことか?


「春日井さんは昨日優人くんと勝負したんだよ。そこで、彼女がどうしてもっていうから、ボクが許可をした。それだけの話さ」


「ほんと、おかしな先生ね……。信用失うわよ?」


「それは、先生に対して言う言葉かな?」


「ッ!?」


 神代は下唇を噛み、不満げそうな視線を送る。この状況に誰も介入できるはずがない。


「見世瀬といい。春日井といい。もうどうでもいいわ……。ただ、春日井は正当な計測で入った訳ではない。それだけは覚えておきなさい」


「はい……」


「よし。暗い空気にさせるのはここまで! ちょっと待ってね……」


 怜音は昨日と同じように図書室全体にツタを絡める。もうこの展開は覚えたので、僕が水球を生成した。


「大きな……水の……球体が……たくさん……」


「これ誰のまほー? もしかして神っち?」


「神っちってなによ。永井はあたしを馬鹿にしてるの? あとこれは私の魔法ではないわ……」


 みんなが混乱している。それは無理ない。僕が無詠唱でやってるんだ。誰も気付くはずが……。


「これって優人がやったの?」


 梨央にはバレバレだった。


「うん。そうだけど……」


「思った通り!」


 彼女は嬉しそうな顔をする。だけど彼女と怜音を除く他メンバーはみんな固まっていた。そんな中でも、真っ先に神代が声を出す。


「見世瀬。詠唱は……」


「し、してないです……。これくらい普通だと……」


「これが普通ですって!?」


 神代は声を荒らげて吠える。僕は耳を塞ぎたくなるが、逆に魔法が解除される恐れ。ギリギリで我慢して、行使を継続する。


「みんな説明遅れてごめんね」


「『!?』」


 怜音の発言に僕以外のメンバーが驚きの表情を見せた。このタイミングで明かすのはまずいけど、バレてしまったなら仕方ない。


「実は――」


「『実は……』」


「――優人くんは、ボクと同じプロクラス。とはいえ今は候補枠なんだけど。実力はボク以上なんだ」


 とうとう明かしてしまったこと、僕は恥ずかしくて顔が熱く感じた。本当に合っていたのか? また責められないか心配だ。


 だけど、神代はなにも反論をしなかった。逆に僕が作った球体をいじり、遊んでいる。


「これが……見世瀬の魔法……」


「ゆーちゃんスゴすぎぃー」


「永井さん。いい加減みんなに変なあだ名をつけるのは辞めて貰える?」


 どうやらこの2人は相性が悪いらしい。対して、飛鷹と梨央は……。


「飛鷹くん。優人すごいでしょ」


「……う。うん……。無詠唱で……こんなにたくさん……水の入った……シャボン玉……」


「うんうん!」


 こちらは比較的良好だった。だけど、自分はこれが普通。ただ単に怜音が作ったツタから水分を吸収液体化させただけ。そしてそれをシャボン玉に入れるだけ。


 こんな簡単な作業をみんなはすごいと言ってくれる。だけど、これは攻撃魔法にはならない。


「じゃあ、これを全て凍らせて……っと。爆破で終了ね……」


「これで空気も部屋も綺麗になりますね……」


「だね。優人くん今回もありがとう」


「どういたしまして」


 訓練前のいざこざが終わり。ようやく本題。今日も僕だけが別メニューとのこと。


 まあ、いくら最上位クラスとはいえ、僕だけは実際のクラスが違う。それを、みんなが認めてくれたかは不明だ。


 しかし、僕の印象が良くなった気はする。今後この印象が崩れないように気をつけよう。そうして、本日の活動が始まった。

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